2026年3月14日
【読書ログ】シリコンバレーのドローン海賊【この世界の半歩先は、もう始まっている】
「人新世」という言葉を初めて見たとき、ずいぶん重い概念だと思った。人間の活動が地球の地質年代そのものを塗り替えてしまった時代——つまりは現代のこと——を指す地質学的な用語だ。気候変動、経済格差、パンデミック、資源の枯渇。これを読んでいる今この瞬間も、その時代はまだ続いている。『シリコンバレーのドローン海賊』は、その時代を正面から見据えた10篇のアンソロジーだ。
アンソロジーの宿命として、10篇すべてが均質に刺さるわけではない。ただ本書はテーマの統一感がかなり強く、読み終えたときに「一冊」としての印象が残る。遠い宇宙の話ではなく、今から数十年以内に起きうる出来事の話をしている。その地続き感が、読んでいる間ずっと背中に張り付いてくる。
表題作、メグ・エリソンの「シリコンバレーのドローン海賊」は、物流ドローンを狩る若者たちの話だ。巨大企業のドローンが空を飛び交う近未来で、少年ダニーたちはアクリル樹脂をかぶせたり、信号を妨害したりしながらドローンを叩き落とそうとする。たわいない悪ガキの話のようでいて、その背後には父親の仕事が奪われる恐怖と、肥大化した資本主義への憤りがある。かつての海賊が富裕層から奪ったように、自分たちも「何か」に抵抗しているのだという意識——そのずれた自意識が、妙に愛おしかった。
グレッグ・イーガンの「クライシス・アクターズ」は、陰謀論にはまった父親と、その息子の対話から始まる。この話だけ読みたくて本書を手に取る人も少なくないと思うが、それだけの密度がある。フィクションと現実の境界が溶けていく時代に、「何が本当か?」を問うことの難しさを、イーガンらしい精度で書いている。技術的な問いに見えて、これは親子の話だ。
陳楸帆(チェン・チウファン)の「菌の歌」は、中国の奥地の篁村が舞台。超皮質ネットワークへの接続を求めて村を訪れた女性エンジニアが、接続を拒む村の論理に向き合う。テクノロジーの恩恵と引き換えに何かを失うとはどういうことか。結末に登場する菌類を介した「別の網」の描写が美しく、この一篇だけで陳楸帆の他の作品を読みたくなった。
サラ・ゲイリーの「潮のさすとき」は、海底農場で身体改造を施して働く人々の話で、海が舞台のSFならではのたゆたう重力感がある。ジャスティナ・ロブソンの「お月さまをきみに」は、ヴァイキング船と月の破滅がつながるという、一番奇妙な組み合わせの一篇っで、読み終えてしばらく意味を反芻した。
収録されているキム・スタンリー・ロビンスンへのインタビューが、アンソロジー全体の底にある問いを言語化している。「資本主義よりも科学」というタイトルで、ロビンスンは希望を持つことが創作において必須だと語っている。本書の10篇はどれも、絶望を描いていても希望を手放していない。それがこのアンソロジーの統一感の正体かもしれない。
「今から半歩先の未来」を描くSFは、読んでいる自分の足元を揺らす。遠未来のスペースオペラとは違う意味で、こういうSFは怖い。怖いけれど、目を離せない。本書はその種の怖さを、10人の作家がそれぞれの技術で差し出してくる一冊だった。