宇宙戦争【新訳決定版】

箔押しアニバーサリーカバー版の装丁に惹かれて購入。濃いめの紫を基調とした箔押しデザインが最高にクール。本書以外にも、アーサー・コナン・ドイル『緋色の研究』、H・P・ラヴクラフト『ラヴクラフト全集(1)』といった名作の箔押し版が店頭に並んでいる模様。箔押し版は2025年12月までの期間限定販売なので、ぜひお見逃しなく。詳細に関しては、東京創元社創立70周年フェアの特設ページをチェックしてもらうことにして本題へ。

あらすじ

謎を秘めて妖しく輝く火星に、ガス状の大爆発が観測された。これこそは6年後に地球を震撼させる大事件の前触れだった。ある晩、人々は夜空を切り裂く流星を目撃する。だがそれは単なる流星ではなかった。巨大な穴を穿って落下した物体から現れたのは、V字形にえぐれた口と巨大なふたつの目、不気味な触手をもつ奇怪な生物――想像を絶する火星人の地球侵略がはじまったのだ!

Amazonの商品説明

本書『宇宙戦争』は、1898年にH・G・ウェルズによって刊行されたSFだ。タコのような姿形をした火星人が圧倒的な武力で地球を侵略する様子が、英国人男性による回顧録形式で書かれている。火星人の侵略にともない、ことごとく人間の尊厳がうちくだかれ、緑豊かな大地が焦土と化していく様相は、読んでいて吐き気をもよおすくらいの絶望を呈する。ただ、そこには一縷の望みがあった。悠久の時を過ごしてきた人類の抵抗力という名の希望が。

火星人説のあれこれは誤訳から

いまでこそ「火星に火星人が存在している」説は完全否定されてはいるが、その当時の宇宙科学では「火星に運河が存在している」と信じられ、それに付随して火星人の存在や火星人の地球侵攻を危惧する説が広がっていた。面白いのが、これがたった一文字の誤訳に起因していることである。

1877年、イタリアの天文学者ジョヴァンニ・スキアパレッリ(1835 - 1910)はミラノ天文台の屈折望遠鏡で火星を観察し、その表面に線状の模様を発見した。スキアパレッリは、この模様をイタリア語で「筋」を意味するcanaliで表現したが、翻訳の際に「運河」を意味するcanalと誤訳されたために、火星には知的生命体がいて、巨大な運河を築いているという説が生まれたのだ。その説の大家が、パーシバル・ローウェル(1855 - 1916)であった。

スキアパレッリに始まりローウェルへと至る火星人説は、一般読者の想像力をかきたて、本書の物語にも色濃く影響を残している。おりしも、スエズ運河をはじめとする巨大運河建設の時代。運河の有無はまさしく科学技術の象徴であったため、火星に存在するとされた運河の意味は、火星に高度な文明があることの証左とされた。そのようにして、火星人の存在がまじめに語られるようになったのである。

火星人といっても、ウェルズのそれは、一味違う。その当時、火星人は地球人とほぼ変わらない姿と心理を有するものであると描かれていた状況下で、火星人を徹底的なまでに異質な存在としてとらえたのである。つまりは、人間中心主義に対するアンチテーゼとしての役割を火星人に持たせたのだ。これはウェルズが非凡たる所以であろう。

いまもなお、数多くの作品にも影響を与えている本作をぜひ。

作者: H・G・ウェルズ/中村 融
東京創元社

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