猫は実に気まぐれな動物だ。望んでいない割り込み処理されると問答無用で敵意を向けてくるし、気が立っているうちはだれ彼構わず牙を向く。この猫自身が持つ清潔な主体性、いわんや、一つの独立した哲学的生物としての機能は、自然状態を捉えるにあたって都合がよい。そのため、小説家が小説を書くという、ある種、個の闘争を文字に収めるときに、猫を起点とする行為は極めて有用な手法であるといえよう。
猫モチーフの小説は玉石混交としているが、本作はその中でもひときわ精彩を放つ作品である。猫の持つ気まぐれという名の偶発性の意義をタイムトラベルというモチーフに織り込むことによって、見事に昇華しているのだ。もっというと、急速なグローバル化とIT技術の進化によって未来を予測することが困難なとき、「行動や努力によって新たな道が開ける」という計画的偶発性理論(Planned Happenstance Theory)を本書で発見することができる。1999年に提唱されたこの理論が、1956年の段階から色濃く見て取れるのも、SFの持つ魅力の一つだ。
以下、あらすじ。
ぼくの飼い猫のピートは、冬になるときまって「夏への扉」を探しはじめる。家にあるドアのどれかひとつが、夏に通じていると固く信じているのだ。そして1970年12月、ぼくもまた「夏への扉」を探していた。親友と恋人に裏切られ、技術者の命である発明までだましとられてしまったからだ。さらに、冷凍睡眠で30年後の2000年へと送りこまれたぼくは、失ったものを取り戻すことができるのか──新版でおくる、永遠の名作。解説/高橋良平
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ハインラインの作品らしい稠密な近未来描写は言わずもがな、技術一本槍だった主人公ダニーが、自身の発明と旧来の友を一人の女の奸計によって奪われていく様は、目も塞ぎたくなるほどの残酷さを備えているし、かと思えば、後半に進むにつれて、あれよあれよとどんでん返しがなされていくうちに、胸がすいてくる思いへとうつろっていく。絶え間ない刺激の奔流の中で、時間を忘れること間違いなしの一冊だ。
SFを読んだことのない人でも気軽に読めるジュヴナイル作品なので、是非手にとってみて欲しい。
世の中には、いたずらに過去を懐かしがる気取り屋どもがいる。(中略)ぼくは、できれば、連中を、トウィッチェル博士のタイムマシンのテスト台にほうりこんで、十二世紀あたりへぶっとばしてやるといいと思う。