大尉の娘

本書はプガチョーフの乱(1773-1775年)*1を元にしたプーシキンの晩年の作品です。乱と聞くと、存在そのものに対して残虐さや悪虐さといった否定的な側面がつきまとうものですが、

最良の、もっとも確実な変革とは、習俗の改良から生じるものだ。暴力による変動なんて一切いらない。

と、本作の主人公が語るように、プーシキンは実際に現地に足を運んで生の声を聞くことで、プガチョーフの慈悲深さであったり、豪傑さであったりを描写しています。

さりとて、過度にプガチョーフを理想化させているわけでもないのが本作のミソ。これぞまさしく、単なる暴虐性のみが取りただされる状況に対するプーシキン自身の乱ではないのでしょうか?

プーシキンは近代ロシア文学の黄金時代を築いた人物で、積極的に口語を取り入れて独自の文体を作り上げた近代文章語の確立者です。

史実をもとに描かれている作品であるが故の正確さや簡潔さは、一見、無味乾燥な印象を持っています。しかしながら、各章ごとの題辞に詩や民謡を利用することで、章の役割をあらかじめ明示するという手法や、キャラクターの時間軸を空間的に一致させていくための技法、ドラマチックな愛憎劇といった要素が複雑に絡み合い、300ページ分の内容とは思えないほどのインパクトを与えること間違いなしの一冊です。

*1:農民戦争。エカチェリーナ2世の治下で農奴の奴隷化が促進されましたが、このような圧政に対して頻発する農民一揆を背景にしたもの

作者: プーシキン/坂庭淳史
光文社

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