かつて、『置かれた場所で咲きなさい』という書籍が大きな話題を呼んだ。ここでいう「咲く」とは、具体的には、人々に「幸福をもたらす」人物になろうとすることが「生きる」ために大事という旨の教えである。
本書は、この「置かれた場所で咲きなさい」という系譜の上流にあたるが、特筆すべきは、置かれた場所というのが、とんでもなく温室で無菌化されているということだろう。人間は受精卵の段階から選別され、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、イプシロンの五つの階級に分けられて徹底的に管理・区別されている。
以下、Amazonの商品説明
すべてを破壊した〝九年戦争〟の終結後に、暴力を排除し、共生・個性・安定をスローガンとする清潔で文明的な世界が形成された。人間は受精卵の段階から選別され、5つの階級に分けられて徹底的に管理・区別されていた。この美しい世界で孤独をかこっていた青年バーナードは、休暇で出かけた保護区で野人ジョンに出会う。すべてのディストピア小説の源流にして不朽の名作、新訳版!
管理社会を描いた作品といえば、トマス・モアの『ユートピア』、ジョージ・オーウェル『一九八四年』といった作品がある。本作はディストピアSF的評価が多いが、そういうのに見られがちな暗くて陰うつな要素っていうのが本作ではそれほど見られず、むしろ、幸福へとつながる行為が合法ドラッグやフリーセックスという要素で明るく彩られているので、個人的にはユートピアと銘打った方がしっくりくる気がする(やってることはThe ディストピアだけど)。
結局のところ、芸術、科学、宗教をどんなに規制したところで、そこからあふれでてくるやつは一定数いるっちゅうのが、独占主義者の仕事には終わりがなく、完全な独占というものはありえないっていうことの意味につながるのだと思う。”個としての自分”が発芽した瞬間に社会に対する疑念が生まれることになってしまうのであれば、社会の安定のためには、一億総白痴化や武力弾圧といった手段を弄さないといけないという現実は悲しいですね。
人間が人間として生きるうえで、自然状態で幸福に至れる径を考えさせられた一冊。
卓越した知性には、それにふさわしい道徳的責任が伴う。
p. 204