こういう本が好きなのよ。フィクションでありながらも、使われている科学はできるだけ正確に描写されているっていうやつ。しかも、脳神経関連。この分野は話のネタとしてぶちこめる具体例が多くて、ブルー・ブレイン・プロジェクトのような大規模な神経回路シミュレーションだとか、光の波長を検知するアンテナを手術で頭頂部に結合したら職場を追われたなんて話とか、挙げ出したらキリがねーのです。そりゃあ、860億の神経細胞と250兆のシナプスが脳にあるくらいだから、それと同じくらい無限に物語があってしかるべきというか、夢が広がるよねってわけで本題。
実はこんなお話。
神経科学研究の進歩により、ポストヒューマンの存在が現実味を増し、その技術が取り締まられるようになった近未来。記憶や官能を他人と共有できるナノマシン、ネクサス5を生み出した若き天才科学者ケイドは、その存在を危険視した政府の女性捜査官サムに捕らわれてしまう。彼女らに協力を要請されたケイドは、スパイとなって中国の科学者・朱水暎(ジュウ・スイイン)を探ることになるのだが!? 息詰まる攻防を描くノンストップ・SFスリラー。
ネクサス5をパブリックドメインにすることは果たして人類のためになるのか? っていうのを、ひたすら突き詰めていった物語。
広い普及と個人の選択があってこそ技術は有効利用される。エリートが独占したらそれはディストピアになる。
『ネクサス 下』p. 79
ディストピアものとして著名な、『すばらしい新世界』『一九八四年』『華氏451度』のときもそうだったけど、技術しかり権力しかり一極集中させるとろくなことにならんですな。本書における技術の寡占はディストピアうんぬんの一連の流れは、プロプライエタリソフトウェアに抵抗してオープンソースが生まれた経緯を継承。バックドアのないプログラムのコードにバックドアが埋め込まれているというメタ・バックドア攻撃とか、この辺の描写は作者のコンピュータ科学技術者としての技巧が光ってたりするので、ソフトウェアについての知識があると面白さが倍増するのではなかろうか。高い精度で狙ったDNAを変更できるけど、改変する遺伝子の標的領域の近くでDNAの大規模な欠損や再編成が起きるというくだり(クリスパー・キャス9の話題に近い)があったりと、ところどころリアル。
もちろん面白い部分は他にもあって、特に戦闘シーン。これはまーじですごい。目まぐるしいシーンの移り変わりにハラハラドキドキさせられた、ハリウッド映画見てるんじゃないかと錯覚を起こすくらいに。
これが3部作のうちの1作目(俺たちの戦いはこれからだ! 状態)というのだから早く続きが読みたいけど、邦訳版がまだ刊行されてはいないとのこと。無念。とりまBook 2の"Crux"はKindle Unlimitedで無料で読めるみたいだし、入会しようか悩みどころではある。