数学的に考えて、２＋２＝５が正しくないことは紛れもない事実だ。２＋２の答えはどうあがいても４であって、それ以上でもそれ以下でもない。しかしながら、それと同時に、２＋２＝５でもあり、２＋３＝８０というプロパガンダが好みそうな非論理的な言説もまた真である。数字と演算子の間に目に見えないプラスαの要素が組み込まれ、２＋２＝４という現実は淘汰されるのだ。いや、もっと正確を期するならば、二重思考*1を適用した場合、現実世界の認識はその時々の周囲の要請によって、陽炎のように変容されうる可能性を秘めているものだと言える。ある時は２＋２＝５であり、またある時は４であり、そして３でもありといった具合で現実は描写され、もはやその真偽に対する意味合いは消失する。ただ一つ個人に要請されるのは、組織への忌憚ない忠誠と、その忠実な志向性なのだ。
そう、本作は、２＋２＝５と求められた時に２＋２＝４と答えた、また、考えて現実を侵した異端者を、問答無用で抹消し、改造し、まっさらにしたあと綺麗に染め上げてから無に帰化するという、とんでも監視社会の、とんでも全体主義国家を描く、えげつない一冊だ。
以下あらすじ。
〈ビッグ・ブラザー〉率いる党が支配する超全体主義的近未来。ウィンストン・スミスは、真理省記録局で歴史の改竄に従事していた。彼は奔放な美女ジュリアとの出会いを契機に、伝説的な裏切り者による反政府地下活動に惹かれるようになる。
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本作の特筆すべきは、異端を抹殺するだけにとどまっていないというところだろう。宗教上の迫害が分かりやすい例だ。中世には異端審問というかたちで、異端を撲滅しようとした。ただ、異端者を火あぶりにするたびに、他の何千人もの人間が蜂起した。というのも、懺悔しないうちに処刑したことで、殉教者としての栄光を与えてしまったからだ。これを踏まえた上で、ナチス・ドイツは犠牲者の尊厳を打ち下す形で、殉教者を出さないよう異端審問官以上に残酷な迫害を加えた。拷問を加えて仲間から隔離することで屈服させた。犠牲たちは卑劣漢に成り果て、言われた通りに、自白し、仲間を告発して責任転嫁した。しかしそれでも、死者は殉教者となった。それは一体なぜなのか。
過去においても、未来においても、殉教者をいかに歴史の流れから取り去るかは、支配と権力闘争にとっての喫緊のテーマであり、そして、その解答が本書を通して明確に記載されているので必見。
*1: 二重思考とは、ふたつの相矛盾する信念を心に同時に抱き、その両方を受け入れる能力を意味する。必要に応じて、客観的現実の存在を否定すること、そして、そのあいだ自分の否定した現実を考慮に入れておくことが求められる。
