「思春期を考える」ことについて

本書は、思春期を何事もなく超えることのむつかしさ、ならびに、その時期の過ごし方を著者の臨床体験を踏まえて述べています。思春期という、言わば、踊り場のない現代社会へのレールを踏みかねない時期を生き抜く上で、 ゆとりをもつことが大事という見識は、思春期の精神失調に対する治療的側面だけにとどまらず、「働き文化」に参入する大人にも適用できるのでしょう。

著者である中井久夫先生は、統合失調症の治療法研究が専門で、風景構成法の考案や、PTSDの研究・紹介を精力的に行いました。また、詩の翻訳やエッセイでも知られます。本作もその例に漏れず、鴎外や、芥川、ボードレールといった偉人たちの言葉を存分に引用することによって、類まれなる観察眼の持ち主であるということを知れます。

とりわけ、精神科の外来診療について(うつ病を中心に) 論旨の項目が、「働き文化」への不器用な参加者にぐっとくるフレーズであったのでそちらを。

自殺念慮について(中略)「”あせり”がことばをかえてささやくもので、つり込まれない約束をして下さい」という、約束の力が自殺の実行を救うことも知られてきた。

以前の生き方に戻ろうとする人には、

「せっかく病気をしたのだから少し生き方を変えてみてもいのでは」という。「せっかく」という言葉は、病気にも長い目でみて積極的意義を認めようとするもの

早急に仕事に戻りたがる人には、

「治療という立派な仕事をしてもらっているのです。通って下さることも、薬をのんで下さることも。それに、あなたの身体は、眠っている間も治ろうとして働いていますよ」

他にも、平易な言葉で数多くの金言がちりばめられています。

ゆとりをもった生活。これがひとえに、心に平穏をもたらすスパイスなのでしょう。急がば廻れ、とは、言い得て妙です。一直線に帰路につくだけでもなく、ちょっとした脇道に足を運び、そこで起こる偶発的な体験に気づける程の余裕を持とうと思える一冊です。

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