輪廻の蛇

1970年、自らを傷物にした男への復讐を胸に秘めた人が、タイムトラベルの機材を持つバーテンダーと出会う。彼の指輪にかたどられているのは、自分の尻尾を無限に呑みつづける輪廻の蛇。偉大なパラドックスの象徴でもあるそれが意味するものは一体何なのか。二人のタイムトラベルを介して徐々に明かされていく真実とは——。

ユニークな仕掛けが詰まった短編「輪廻の蛇」。1980年には短編小説のバルログ賞にノミネートされ、2014年にはイーサン・ホーク主演の『プリデスティネーション』の原作にもなっている。この「輪廻の蛇」を含む6編が納められた本作は、スペキュレイティブ・フィクションものとして粒ぞろいの一冊。収録順に紹介していく。

巻頭は、自分を尾行するように依頼してきた男の謎に迫る夫婦探偵を描いた「ジョナサン・ホーグ氏の不愉快な職業」。尾行を通じて二人の間に巻き起こる摩訶不思議な現象の数々。それらが彼らの日常に侵食していく様子はひたすらに不気味。虚構と現実が入り交じる描写は、実在とは何かを問いかける。

次の「象を売る男」では、妻を失って孤独になった男が、天国へと辿る祝祭の果てに彼女と再開する旅路を描く。彼の亡きペットによく似た犬を水先案内人として描かれるパレードの数々は、前篇とは一転して、陰鬱さが濾過されカラフルなディティールに富む。旅に時間をかける有意義さを知れる。

表題である「輪廻の蛇」に続き、「かれら」では、統合失調症と診断された男の個の闘争を描く。如何にして個の実在を証明するのか、かれを取り巻くかれらとは一体何を指すのか。前篇の「輪廻の蛇」の主題をさらに縦に深掘りさせ、永遠不滅の自意識に迫っていく。

「わが美しき町」では、つむじ風キトンの力を借りて、新聞記者が町の政治腐敗を正していくストーリー。戦後の世相をありありと批評している。

最後の「歪んだ家」は、4次元世界をモチーフとしている。8つの立方体で囲まれた4次元超立方体テセラクトとしての性質を持つ家で起こる不思議現象。4次元から3次元空間を曲げれば瞬間移動ができるように、キャラクターたちがありとあらゆるところでつながる様子は、3次元のイメージに慣れ親しんだ状態から脱却するための極めて重要な視座を与えてくれる。

ストーリーに没入させる文章。圧倒的なディティール。それらが存分に発揮された本作は、SFの魅力も十二分に伝えてくれる。

作者: ロバート・A.ハインライン/矢野徹
早川書房

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