ウは宇宙船のウ

レイ・ブラッドベリ(1920-2012、以降、ブラッドベリと呼称)は、SF作家であるばかりでなく、ミステリーやホラー、詩の熱心な読者でもあった。その傾向はブラッドベリの作風に顕著に現れている。本書『ウは宇宙船のウ(原著:R IS FOR ROCKET)』も同様に、根底に流れている要素はSFである。しかし、過度にSFのお作法にのっとらないというのがブラッドベリ節というものだろう。宇宙や、タイムマシンといったSFパーツは、叙情的に人間を記述するための単なるアイコンとして収まっている。

これは技術的な側面から社会問題に一石を投じるサイバーパンク作品とは対極に存在しているようなもので、SFに対して、テクノロジーは各語りき、みたいなものを期待している『成熟した』人にとって、本書はなんだか読み応えのないゆるふわSFに感じてしまうかも知れない。また、そういった現象は、本書の読者対象がハイティーンであることも相まって避けられない問題となろう。

しかし、本書はSFを読む人なら押さえておくべき超重要な本であると断言できる。さらには、ハイティーンだけでなく、おとなこそ真っ先に読むべき本であるといい切れるレベルで。

それほどまでに、この本は美しい。ただひたすらに、美しいのだ。普段、僕たちがおとなになるにつれて忘れてしまうような——色付き窓ガラスから見える景色、真新しい靴の感触——とるにたらない日常の一コマが、ブラッドベリの詩的な色彩で描写されることによって、もののみごとに芸術的な美しさを帯び始める。こども心に感覚的に理解していたものが、彼の手によってたちまち高解像度で言語化されていく。

このプロセスによって、おとなたちは失われてしまった子ども心を取り戻すことができる。それはすなわち、僕たちの世界が、まだまだ捨てたものじゃないということを再認識させてくれるのだ。

子どものような無邪気さでもって、テクノロジーというフィルターを介して見える世界の常識が再構成されていく。さらには、人間の本質をも浮き彫りにしていく。ブラッドベリだからこそ成せるジャンルの垣根を超えた融合技の数々に、脱帽せずにはいられなくなるだろう。本書はまさに、そういう一冊だ。

作者: レイ・ブラッドベリ/大西尹明
東京創元社

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