虎よ、虎よ!

これはすんごいSF。物語に散りばめられた無数の小さなアイデアは混沌とした様相を呈しながらも一つにまとまり、鋭く小気味の良い文体は序盤から終盤に至るまでいっさいの隙がない。

特筆すべきは、物語への引きつけかた。本作のメインは主人公であるガリヴァー・フォイルの復讐劇なのでけれども、プロローグは"ジョウント"というテレポーテーション技術が使われている時代の背景描写から始まる。プロローグを外して第一章から始めた方が復讐というストーリーを際立たせられるのでは? と思いきや、後半に進めば進むほどプロローグの重要性について気付かされるのだ。それと同時に、本作が単なる復讐劇におさまる代物ではないと理解できるだろう。

以下、あらすじ

“ジョウント”と呼ばれるテレポーテイションにより、世界は大きく変貌した。一瞬のうちに、人びとが自由にどこへでも行けるようになったとき、それは富と窃盗、収奪と劫略、怖るべき惑星間戦争をもたらしたのだ! この物情騒然たる25世紀を背景として、顔に異様な虎の刺青をされた野生の男ガリヴァー・フォイルの、無限の時空をまたにかけた絢爛たる〈ヴォーガ〉復讐の物語が、ここに始まる……鬼才が放つ不朽の名作!

宇宙船《ノーマッド》の乗組員であったガリヴァー・フォイルは、戦闘艦の攻撃をうけて170日も宇宙空間でただよう羽目になる。しかも、残骸で唯一無傷で残っていた幅1.2m、奥行き1.2m、高さ2.7mの気密室ロッカーで。外は真空。当然、酸素に限りはある。そのため週に一度は中身が入っているか判別できないエア・タンクを手に入れるため週に一度の生命を賭けたゲーム(活動限界5分の宇宙服活動)をせざるを得なかった。そんなおり、姉妹船《ヴォーガ・T・1339》が近くに通りかかる。閃光信号をひたすら送る。しかし、船は彼の存在に気づきながらも、主人公を見捨てた。

一縷の望みを見つけ出した矢先の絶望。

「《ヴォーガ》、おれはきさまを徹底的に殺戮してやるぞ」

そして、主人公は復讐に向けて行動することになる。

着々と復讐に向けて物語は進行するが、もちろん一筋縄にはいかない。果たして復讐は上手くいくのだろうかとハラハラさせられる。そして、徐々に明らかになっていく真実を前にして復讐のかたちをしていたものはより高次の概念へと昇華されていく。一体だれが彼を見捨てる命令をしたのかという疑問は、いったい人間とはなんであるかの問いかけにまで発展するのだ。

50年代版創世記ともいえる本作は、一生に一度は読んでおきたい本。

アルフレッド・ベスター(1913 - 1987)は、アメリカ合衆国のSF作家。テレビやラジオの脚本家、雑誌編集者、コミック原作者もつとめた。長編『分解された男』で1953年の第一回ヒューゴー賞を受賞。

作者: アルフレッド・ベスター/中田耕治
早川書房

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