哲学と宗教全史

著者である出口治明氏には不思議な魅力がある。著作の一つ一つがサヴァン的な熱量・濃度で描かれている一方で、偏執的なまでに特定のジャンルに固執する訳ではなく、膨大な資料に裏付けられた知識を淡々と理路整然に描き切る。それはまるで、"文系と理系の交差点に立てる人にこそ大きな価値がある"と語ったポラロイド社のエドウィン・ランドに憧れを抱いたジョブズのような文理横断型の人物でして、まさしく、彼と同じくビジネスパーソンだ。世界初のインターネット生保であるライフネット生命のファウンダーで、立命館アジア太平洋大学(APU)の学長を務めている出口氏。

同氏によれば、原初から人間が抱いている根源的な問いは、以下の二つに集約されるという。

- 世界はどうしてできたのか、また世界は何でできているのか? 

- 人間はどこからきてどこへ行くのか、何のために生きているのか?

19世紀の終わり、フランス領タヒチの画家ポール・ゴーギャンは『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』というタイトルの絵画を描いた。これに含まれている人間の素朴な問いかけは、長い時代をかけて繰り返されているのである。特に気を払うべきは、語り手は哲学と宗教が担ってきたということだ。宗教、哲学、どちらか一方が欠けてもその意義は生まれず、渾然一体となって、説明責任を果たそうと務めてきた。そう、言葉を使ってである。

誰しもモノを考えるとき、必ず頭の中で言葉をイメージしているはずだ。言葉がなければ、何も考えることはできない。思想があって、言葉があるのではない。まったくその逆で、言葉があって、思想が生まれるのである。パスカルは"人間は考える葦である"と葦と人間の差異を思考の差異と定義した。つまり、人が人として営むためには、言葉を紡がなければならず、哲学と宗教を語る上で言葉の誕生は避けては通れない極めて重要な要因であることは、想像に難くない。そういう意味で、言葉の誕生から哲学と宗教にアプローチしていくシステムは、全史と語る上で当然のように求められる訳だが、言葉が生まれたのは今から10万年ほど前の出来事である。大切なことなのでもう一度言う、今から10万年前なのである。どんだけ〜っとIKKOばりに突っ込みたくなるほどの昔なのである。ただ恐ろしいことに、言葉の誕生から20世紀に生まれた思想家にわたって書かれているのにも関わらず、初めから最後までスラスラっと読めてしまうのだ。

この理由は、出口氏が本著の「おわりに」書いたように、

忙しい毎日をおくっているビジネスパーソンの皆さんに、少しでも哲学や宗教について興味を持ってほしいと考えて、枝葉を切り捨てて(勘違いして幹を切り捨てているかもしれませんが)できるだけシンプルにわかりやすく書いたつもりです。

ということでして、『哲学と宗教全史』が持つ機能はまさしく、水先案内人としての役割なのだろう。

ベルは鳴らすまではベルではない。 歌は歌うまでは歌ではない。 そして心のなかの愛は、そこにとどめておくためにあるのではない。 愛は与えてこそ、愛となるのだ。

― オスカー・ハマースタイン

この言葉を借りるなら、知識は与えてこそ、知識となることだ。そういう気概が、本書の淡白な筆致の行間から滲み出て溺れなるそうになること間違いない(このような作者の思想や心境がつづられた書籍を読むたびに、僕の中で「自分も書きたい」という思いが膨らんできたのできてしまっているのはここだけの話)。

強力な説得力を持つ自然科学を前に、いまさら哲学と宗教を学ぶ意義を知る必要は果たしてあるのだろうか。いや、ある。と断固して首を縦に振るほどの後ろ盾を、本著から得た。鈴懸の木の吐息が明星を立ち上る予感と共に手に取り、魔性に取り憑かれたかのようにページをめくる。そして、糸の切れた人形のようにパタリと本を閉じたとき、舞台の書き割りのように見えていた現世が色めき、思考の淀みが晴れたのだ。すごい、ただすごい。

Standing on the shoulder of giants.

その言葉の意味が、本書を読み終えた今だからこそわかったかのような心持ち。本書を皮切りに、『世界の名著』中央公論社、『岩波講座 哲学』岩波書店、等からより深い知識を得たいと思う。本書と出会えたことに感謝。

本書目次

☆はじめに──なぜ、今、哲学と宗教なのか?  
 
☆第1章──宗教が誕生するまで 
       
☆第2章──世界最古のゾロアスター教がその後の宗教に残したこと 
               
☆第3章──哲学の誕生、それは“知の爆発”から始まった 
   
☆第4章──ソクラテス、プラトン、アリストテレス

☆第5章──孔子、墨子、ブッダ、マハーヴィーラ 

☆第6章(1)──ヘレニズム時代にギリシャの哲学や宗教はどのような変化を遂げたか 
       
☆第6章(2)──ヘレニズム時代に中国では諸子百家の全盛期が訪れた
               
☆第6章(3)──ヘレニズム時代に旧約聖書が完成して、ユダヤ教が始まった 
           
☆第6章(4)──ギリシャ王が仏教徒になった?ヘレニズム時代を象徴する『ミリンダ王の問い』 
  
☆第7章──キリスト教と大乗仏教の誕生とその展開

☆第8章(1)──イスラームとは? その誕生・発展・挫折の歴史 
               
☆第8章(2)──イスラームとは? ギリシャ哲学を継承し発展させた歴史がある 
         
☆第8章(3)──イスラーム神学とトマス・アクィナスのキリスト教神学との関係
          
☆第8章(4)──仏教と儒教の変貌
        
☆第9章──ルネサンスと宗教改革を経て哲学は近代の合理性の世界へ 
              
☆第10章──近代から現代へ。世界史の大きな転換期に登場した哲学者たち  
          
☆第11章──19世紀の終わり、哲学の新潮流はヘーゲルの「3人の子ども」が形成した 
       
☆第12章──20世紀の思想界に波紋の石を投げ込んだ5人
作者: 出口 治明
ダイヤモンド社

カテゴリー

関連しているタグ

作者: 出口 治明
ダイヤモンド社
書籍情報