同潤会代官山アパートメント

三上延さんといえば『ビブリア古書堂の事件手帖』でしょう。情緒あふれる鎌倉を舞台に古書と人との謎をひもとくビブリオミステリは、メディアワークス文庫で初のミリオンセラー作品であり、シリーズ累計700万部を突破しています。

極度の人見知りだけれど本のことになると饒舌になるヒロインや、ミステリとしての要素だけでなく、風情豊かな情景描写も楽しめる『ビブリア古書堂の事件手帖』ですが、本著の『同潤会代官山アパートメント』にもその筆致は存分に引き継がれています。

同潤会代官山アパートメントは、関東大震災の復興住宅団地として1926年に完成しました。完成当時は中産階級向けの、電気・水道・水洗トイレなど最先端な賃貸住宅団地でしたが、その70年後の1996年に解体工事が始まりました。物語はそんなアパートに住んだ家族の年代期となっています。

今回の作品も例に漏れず、寡黙な人の中にある芯の強さを魅力的に描いていています。また、語り手を変えることで文体に変化を持たせ、年代ごとに異なる思いの機微も精妙に描き切っているのは見事。

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家族に対してよい印象を持っていない僕は、いままで家族愛を語っている小説を毛嫌いしていました(そもそも子孫繁栄は労働力の確保から始まっていることが一要因)。そのため、心のどこかで家族愛万歳作品に込められているものを冷めた目で見てしまい、食指が動かなかったのですが、好き嫌いしすぎるのもよくないなと思うに至り購入。

結論:購入してよかった。

本作は僕が嫌いな、単なる家族団欒然とした、読んだ後に何も残らないような類の本ではなく、突然大事なものを失う空虚感/血生臭さ/自分の思いをすぐに打ち出せないこと/etc......人間の仄暗い部分が鮮明に描き出されています。

特に印象に残ったのは次の一文で、

「全部が全部、なくなるわけじゃないさ。人間だってそう簡単に消えたりしない。残るものはちゃんと残ってる」 ——(p. 235)

残るものは残る、それは逆説的に言うと、残るに値しないものは残らないということ。そういう市場原理じみたものにちょっと息苦しさも感じてしまった一文ですが、変化に対応することが生き残るために大事な要素なのだと知れました。

三上延さんの作品はすべて、読了後に温かな気持ちになります。特に本書は、代官山に住んでいなくてもその当時の色彩がありありと目に浮かぶようで、それとリンクするかのように、僕の住んできた街並みもどこか温かな気がしました。

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