わたしたちは銀のフォークと薬を手にして

日本の現役作家の中で注目すべき島本理生の代表作の一つは、本作の『わたしたちは銀のフォークと薬を手にして』だ。本作は、そこに出てくる登場人物の生活が我々の興味を引く作品で、直に心を動かさずにはいられない。とりわけ、心に傷を負った女性の重苦しい雰囲気描写を得てとする島本理生の作品としては比較的優しい作りとなっており、初めての人でも手に取りやすい部類だ。

他の作品例に漏れず、本作も恋愛小説である。もちろん、そこには島本理生節が存分に発揮されており、一筋縄ではいかない男女間の葛藤や名状しがたい不安がこれでもかと詰まっている。何が正解で、何が不正解か。振り返る暇もないくらいの忙しさに埋没する日常。しかしながら、人間としての生活を営む以上、Yes/noの二者択一から逃れることはできない。もしかしたら、その間のふわふわとした領域にこそ求めていた答えがあるのかもしれないのに。ただ、本作を通して行方のわからない多様な恋愛物語を頭の中で敷衍してみると、なんだかんだで、なんとかなる。そういう楽観的とも言えるけど、究極的には真理だと思わずにはいられない。恋愛云々だけでなく、人と人とのつながりはかくも面白いと知れるだろう。

『わたしたちは銀のフォークと薬を手にして』の興味深いところは、登場人物の個人間の対立と、病気の有無における対立が、絶えず影響しあうそのその相互作用に見られる。三十歳の知世は、一回り近く年上のエンジニアである椎名との日々を楽しく過ごしていたが、ある日、椎名からエイズであると明かされる。知世は穏やかに優しく椎名との結婚に向けて、つまりは受け入れる方向性で解決策を導き出す。

しかしながら、知世の妹は「他にもいい人がいるよ」という拒絶の態度を示す(もちろん、知世は「いないよ」と断言する)。注意して欲しいのは、拒絶の行動自体が悪いということを示しているのではない。こうした短絡的な決めつけは、この小説にとって有害であるばかりか、現代の日本にとってもふさわしくないからだ。日本においてエイズの症例数は減少傾向にあるが、少なくとも、無視できる数値ではない。正しい性生活を送ることは非常に大事ということは言わずもがな、万が一、身の回りに罹患した人がいたとしても、それを受け入れるための心構えはしておくに越したことはない。よくわからなくて怖いから嫌という単純な理由だけであってはならない。

このような一筋縄ではいかない恋愛物語は、読者の心を掴んで離さない。論理的で堅苦しい感じではなく、詩的な彩りでもって共感を得やすい形に落とし込まれている本作に、人と人との関わり合いのむつくしさとうつくしさを知れるだろう。

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