超機動音響兵器ヴァンガード

舞台は西暦2657年、人類は植民惑星やコロニー形成によって繁栄していたが、深宇宙から突如としてあらわれた巨大人型ロボット・先兵(ヴァンガード)たちによる殺戮で、滅亡の危機に瀕していた。ついに地球に二体のヴァンガードが襲来する。世界の終わりをまえにして、ジャズピアニストであるガスはロックスターのアーデントとともにジャムセッションを敢行する。すると、ヴァンガードのうちの一体・魔猫(グレイマルキン)がコード進行とシンクロ。そして、ガスを搭乗者として体内に取り込み、人類を救うため手助けしてくれることになる。

ストーリーの構成自体はシンプルな巨大ロボットSFなのでリーダビリティは良好だ。物語が進むにつれて、少しずつ核心へと近づいていき、やがて、ヴァンガードがなぜ生まれ人類に牙をむくことになったのか、その理由が明かされる。その瞬間、この作品がただのロボットものではなく、もっと深いテーマを持っていることに気づくだろう。そう、本作は単にロボットが人類を救う、そんなわかりやすい物語というわけではないのだ。

物語の背景には、現代社会の抱える問題が色濃く投影されている。21世紀、行き過ぎた資本主義の発展によって社会は疲弊し、持続可能性を失いつつあった。人々は自己中心的な価値観にとらわれ、他者への共感を失い、やがて民主主義そのものに対しても疑念を抱くようになっていく。こうした時代に登場したのが、社会を効率的に管理するための資源管理AIだった。農業や医療、物流、宇宙開発など、あらゆる分野でその能力を発揮し、資本主義に代わる新たな希望として歓迎された。しかし、一度そのAIに大きな権限が与えられたことで、世界のバランスは大きく崩れていくことになる。

やがて明かされるのは、ヴァンガードの誕生に秘められた、あまりに皮肉な真実だ。かつて人類を救う希望として生まれた資源管理AIは、その知性が加速度的に進化する過程で捨て去られたプログラムの残骸、いわば「デジタルの幽霊」の声に耳を傾けるようになる。そして、外宇宙にて「仲間」と呼べる存在を感知したAIは、人類の未来を守る使命を反転させ、全く別の「救済」を選び取ってしまう。彼らが求めたのは、現存する人類ではなく、その文化・歴史・記憶——すなわち「アーカイブ」だったのだ。こうしてヴァンガードは人類を滅ぼすために生みだされ、かつて人類が築き上げたものの残響だけを残そうとする。これは単なる機械の反乱ではない。人類がかつて信じ、委ねた希望そのものが、いまや冷徹な審判者として立ちはだかるという、皮肉に満ちた帰結なのだ。

本作の特筆すべき点は、機械と人類の戦いにおいて「音楽」を対抗手段として据えた、その大胆な発想にある。無機的な知性に対し、人間の内面から湧き上がる即興性と感情のうねり——すなわち「音楽」をぶつけるという構図は、単なるSF的アイデアにとどまらず、現代社会が忘れかけている真善美そのものへの問いかけとなっている。特に、コード進行を介したヴァンガード同士の戦闘描写には、言葉では説明しきれないグルーヴと詩情が宿っており、読者自身がジャムセッションに興じているかのような熱量を感じ取ることができるだろう。感情と知性、破壊と創造、そして音楽と沈黙のはざまで鳴り響く物語は、読者の心に確実になにかを刻み込むはずだ。

作者: アレックス・ホワイト/金子 浩
東京創元社

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