メタヴァースの語を産んだ傑作。
リアルとメタで侵食していく『ドラッグ』——スノウ・クラッシュがもたらす世界は、幸福への道を辿ることはできるのか。
以下、Amazon商品説明
連邦政府が無力化し資本家によるフランチャイズ国家が国土を分割統治する一方、オンライン上に仮想空間「メタヴァース」が築かれた近未来のアメリカ。アヴァター技術を開発した凄腕ハッカーにして、マフィアが経営する高速デリバリーピザの〈配達人〉ヒロ・プロタゴニストはある日、メタヴァースで出会った男に「スノウ・クラッシュ」なる謎のドラッグを渡されるが……。本書が未来を書き換え、SFは現実と接続された。
幸福という文脈でSFを語るときに避けられない一冊として、『すばらしい新世界』が挙げられるだろう。その世界では、幸福な社会を形成するためにありとあらゆる非倫理的な行為が行われているが、それでもな、置かれた環境に満足ができず、幸福について疑問を抱くごく一部の人間が生み出されている。
生の目的は、幸福を維持することではなく、意識を強化し洗練させること、知識を拡張させることにある(中略)しあわせのことを考えずに済んだら、どんなに楽だろう!
『すばらしい新世界』 p. 245
そういった人物の中には、知識こそパワーと語るものも現れ、そしてゆくゆくは、”自由意志(リバタリアニズム)”での活動を目指す。本作はそのような思想を、フランチャイズ都市国家、メタヴァース、あらゆる情報がマシンで読める0と1のバイナリ形式へと変換——国会図書館とCIA(中央情報局)の実質的な差異がない——といった、行政府の機能が最小化された世界において実装することで、カオスな世界で秩序は生まれるのかというホッブズ的秩序問題への一つの解答を提起している。
スノウ・クラッシュを通して、言い方を悪いけど、プログラマーをぶっ⚪︎してディストピア世界を画策するやつと、それを阻止しようとする主人公の戦いがかっこいい。なにより、元彼女を救おうっていう単純な理由もしびれる。結局のところ、サイバーパンク後継ってそこなんすよね。小難しい理論云々じゃなくて、人間の本質的なところは性衝動みたいな。
SFの面白さが詰まった一冊。
ハッカーだったとき、あたし、幸せじゃなかった。大切なことについて、考えもしなかった。神様とか、天国とか。聖霊のこととか。(中略)コンピュータのプログラミングとか、お金を儲けることじゃなくてね
『スノウ・クラッシュ〔新版〕 下』 P. 56