舞台は19世紀後半のアメリカ西海岸の港町ラピッド・シティ。蒸気機関が非常に発達しており、蒸気エンジンを搭載した切開機や調理器具、また、建設や縫い物用に蒸気甲冑が存在している。
本作の語り手は、そんな地で"裁縫館"モンシェリの"縫い子"として働く16歳の少女カレンの日記がもとになっている。といっても、布を繕って衣類をつくる裁縫だけでなく、男性と枕を交わすのも仕事だ
彼女の勤め先は高級娼館であるがゆえに、それほど不自由もなく生活できていた。そんなおり、娼婦を酷使する売春宿から二人の少女(プリヤ、メリー・リー)がモンシェリに逃げ込んでくる。これを契機に、劣悪な売春宿の主人バントルとの戦いの火蓋が切って落とされることになる。
このバントルは人の行動を操る機械を持っており、それを電気手袋を介して制御することで、カレンを副保安官の手で殺害させようとしたり、市長選で不正を働こうとしたり、モンシェリの客に館を放火させたりと、やりたい放題やっていた。その手袋をつきつけられたら最後、意志に関係なく体が動いてしまうのだ。
一方で、モンシェリには蒸気甲冑であるミシンがあった。そのなかに人間が入ることで、裁断や、縫製、エプロンがけまでできる代物なのだが、ここぞってタイミングでこれを駆使することでカレンは窮地を脱していく。
一見すると、蒸気ガジェットを利用したスチームパンクSFの装いが強い。スチームパンクというと、ヴィクトリア朝のファッションスタイルだけ抽出したガワに、リベラル色を塗りたくったものという作品が多々あるが、本作の特徴は、19世紀後半のアメリカ史に実在した西部社会における差別や、異民族・異文化への蔑視がうまく取り入れられている。
そしてなにより、プリヤに対するカレンの愛——自分を受け入れてくれるだろうかという不安が次第に氷解していく過程のリアルさが素晴らしい。なんでもかんでもわたしより上手なら、わたしはもっとがんばるだけだ。といひたむきささにも、ぐっとくるものがある。
エリザベス・ベア(1971-)は、2005年に発表した『HAMMERED—女戦士の帰還—』(2005年ジョン・W・キャンベル新人賞)にはじまる三部作《サイボーグ士官ジェニー・ケイシー》シリーズで、2006年ローカス賞を受賞。2008年ヒューゴー賞 短編小説部門『受け継ぐ者』、2009年ヒューゴー賞 中編小説部門『ショゴス開花』と短・中・長編問わずに活躍している。