デシベル・ジョーンズの【銀河/スペース】オペラ

いやぁ、読み終わるまでにかなーり時間がかかった(当読比17倍)。こういう「難しかったから」だとか「肌感が合わなかったから」に続く枕詞は、チラシの裏にでも書いとけ的な気がして(普段のわたしは)あまり使わないのだけれど、わざわざそういうのを書かざるを得なかったほどには、本書のクセがすごいってことを主張したい。実際、翻訳文があまりにもエキセントリックな様相——同一語句の異常な繰り返し、修飾語と修飾語が空前絶後の憑依合体——を呈していたので、原著どうなってんねんと斜め読みしたところ、『あっ(察し)』てくらい一文は長いし、隙あらばコンマが多用されている。ちょっと気がそれると『あれ、どこ読んでたっけ……』と同じところを何回も読むハメになることはザラ。ところがどっこい、そういう冗長な感じが読み進めるほどに癖になるというか、肌に馴染んでいくのよね。人によってはめちゃくちゃ赤ペン走らせたくなるようなスタイルだと思うから、万人に超絶おすすめという感じではないけれど、無駄を楽しむ余力がある人はぜひトライしてみてもいいのではなかろうか。

さて、前置きが長くなってしまったので早速本題に移ろう。本書はアメリカ人作家のキャサリン・M・ヴァレンテによって2018年に発表されたSF小説だ(原著: Space Opera)。スペースオペラの名を冠するとおり、本書には、宇宙空間で広げられる歌(活)劇が展開される。以下、ざっくりあらすじ。

地球に突然あらわれた謎のエイリアンからとどく『メタ銀河系グランプリ』への招待。それは、「歌によって知覚力を競技する」もので、「知覚力を持つと認められた種族の参加」が義務付けられていた。最下位になった場合は、文明まるごとゴミ箱行き。おりしも、地球代表となったのは、いまは落ち目のロックグループ「デシベル・ジョーンズ&絶対零度」だった。果たして、地球は存続することができるのか。

デシベル・ジョーンズの敗残者としての物語は哀愁漂うものがあるし、人類滅亡を前にしても人々の日常はそれほど変わるようなものでないといった妙なリアルさなど、惹かれるポイントは多数あるが、特筆すべきは、種族ごとの歌の描写だろう。胸郭の孔から取り入れた空気を超低周波音に変換し、人間に感情的反応を引き起こしたりする種族や、母星をまるごと楽器として使う種族、耳虫をはなって幸福感を卵として器官に植え付ける種族などなど個性豊か。これらが活躍するグランプリはESC(Eurovision Song Contest)という音楽コンテストをモチーフにしているそう。ESCの存在を知らなかったので動画サイトで見たところ、どれもこれも視覚に訴えかけてくるものばかり。これを認識しはじめたとき、前述では冗長だと述べた語句の繰り返しや修飾語区の多用などが、歌劇を文字へと落とし込めの冴えた方法だと知ることができた。ハマる人にはとことんハマる本。

キャサリン・M・ヴァレンテ(1979-)はアメリカのワシントン州シアトル生まれ。2006年にジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞、2008年にミソピーイク賞を皮切りに、多数の受賞歴。本作は2019年ヒューゴー賞長篇部門候補。

作者: キャサリン・M・ヴァレンテ/小野田 和子
早川書房

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