本書では、壮大なハイファンタジー、重厚なスペースオペラ、緻密なハードSFが描かれているわけではない。ここに存在するのは、繊細で、ときには詩的なメタフィクションであり、東洋の伝統を組んだマジックリアリズムである。
原題: The Paper Menagerieの序文で、
“For me, all fiction is about prizing the logic of metaphors——which is the logic of narratives in general——over reality, which is irreducibly random and senseless.”
“We spend our entire lives trying to tell stories about ourselves——they’re the essence of memory. It is how we make living in this unfeeling, accidental universe tolerable. That we call such a tendency “the narrative fallacy” doesn’t mean it doesn’t also touch upon some aspect of truth.”
Ken Liu
と、自身の哲学的枠組みと目標を記している。この表明は物語の根底に食い込み、メタフィクションが意味と真実を追求するためのツールとして魅力的なものであると否が応でも認識せざるを得ない。
ジャンルと流行にとらわれない柔軟な発想力がなせる妙技にふれるとき、SFの深淵なる可能性を知ることができるだろう。それほどまでに、現代の魔術師ともいうべき著者がもたらす力は計り知れない。表題の「紙の動物園」が、2012年度ヒューゴー賞・ネビュラ賞・世界幻想文学大賞短篇部門受賞という史上初の3冠に輝いたというのも、納得がいきすぎて、首肯しすぎて、頸椎を損傷するレベル。
個人的にお気に入りな話について記すことにす。
「紙の動物園」(原題: The Paper Menagerie)
前述のように、英語圏のSF、ファンタジー系のメジャーな3大賞であるヒューゴ賞・ネビュラ賞・世界幻想文学大賞受賞作。
主人公の母親が包装紙で作ってくれた折り紙の虎や水牛は、彼女が息を吹き込むことによって生きているかのように動き出す。折り紙たちと主人公との距離、幼少期は友達のようなはずのそれは、主人公が年を重ねるごとに離れていくことになる。迫り来る現実を前にして”おもちゃ”から離れていくなか、そこに母の愛をまみえたとき、胸の奥でジンと響くものがある。
「愛のアルゴリズム」(原題: The Algorithms for Love)
「紙の動物園」では大人になるにつれて”おもちゃ遊び”は忘れ去られていくが、一転して、大人になっても”人形遊び”ともいうべき——生成AIを組み込んだテクノロジーの詰まった——人形開発劇を描いたもの。AI作品ものによくあるシミュレーション仮説を取り扱っている。近い未来、この作品にみられるような小宇宙の再構成は現実でもみられるのかもしれない。
「文字占い師」(原題: The Literomancer)
収録作中、ダントツで読後感は重い。二・二六事件をモチーフとした虐殺事件の混乱を無慈悲に描き出す。アジア圏の歴史にまつわる著者の慧眼に触れることができる。