近年、AIの進化における責任と主体において、AIを始めとしたしたなにかしらの自律的な機械が社会に普及するとき、機械が実際どのように動いており、どう振る舞うかをよりも、それらを一般の人がどう受け取るのかが問題になっている。そこでは、自律的な機械とはなにかの定義づけに終始するのではなく、機械と人間との個人的な関わり方に必要な要件はなにか? という問いが絶えず生まれている。この問いはひるがえって人間とはなにか? という普遍的な問いにもつながるだろう。本書はまさしく、その問いを内包とした現在の社会のあるべき姿を提示している。
本書は、テッド・チャンの第一作品集『あなたの人生の物語』(原題:Stories of Your Life and Others)以来、十七年ぶりとなる作品集である。圧倒的な寡作。しかしそれは、著作に込められたトルク量がハンパじゃないことを意味するので注意されたし。科学/思想/文学の最新の知見を取り入れた全九篇は、サイエンスとテクノロジーに対する想像力の反応という、H・G・ウェルズ、オルダス・ハクスリィに続くアメリカのサイエンス・フィクションを作家を通じて、現代へと途切れぬ線でつながれた伝統をくんでいる。ただ、彼の特筆すべきは、世俗的なアプローチからいまここの現実へとアクセスするための手法として、サイエンス・フィクションを生かしている点にあるのだ。
極め付けは、そうした世界がテッド・チャンの手によってどこまでも物語として昇華されていることにある。登場人物の個性によって裏付けさせられたそれは、データベースに登録された〇と一の羅列以上の価値が人間に備わっていることの表明であり、サイエンス・フィクションの無限の可能性を読者に与えてくれるだろう。
改めて、四半世紀におよぶ作家活動において短篇集が二冊であるという事実とそれに反比例するかのような作品のインパクトは、彼が類まれなる慧眼の持ち主だという裏付けとしては十分すぎる。
各作品の誕生秘話が作品ノートとして残されているのは必見。以下では、テッド・チャンの特徴ともいる自由意志と知性に関係した作品をざっくり紹介する。
自由意志をモチーフとした作品——「商人と錬金術師の門」、「予期される未来」
巻頭の「商人と錬金術師の門」(原題:The Merchant and the Alchemist's Gate)は、アラビアン・ナイトの叙述スタイルを用いたタイムトラベルもの。相対性理論と矛盾しないタイムマシン——<門>を軸として、くぐる方向によって20年前/後にジャンプできる。その理論上、過去や未来を変えることはできないながらも、過去/未来を深く知ることの意義が<門>を利用した人たちの物語を通して語られる。
「予期される未来」(原題:What's Expected of Us)は、ボタンを押す一秒前にライトが光る予言機が流行した結果、未来が変更不可であること——自由意志など存在しないという概念が浸透し、無動無言症が蔓延る世界を描く。
知性への探究——「息吹」、「オムファロス」
表題である「息吹」(原題:Exhalation)は、毎日空気でいっぱいになった肺を空になった肺と交換することで生きる生物の物語である。われわれの宇宙とはまったく違う宇宙を舞台に、そこは空気こそが生命の源であると考えられていた世界であったが、とあるできごとから語り手が生命の真の源を理解し、ひいては、その生命がどのようにして終わるかを知るに至った経緯が記されている。近年のSF短篇のなかでも屈指のクオリティ。
物語に入りやすいよう身体構造や文化は人間のそれと近しくなるよう設計されているが、その実、解剖学的に生命の構造をつらびらかにするなかで登場してくるテクノロジーとその精緻さに圧倒されること間違いない。
「オムファロス」(原題:Omphalos)における描写も同様。人類が宇宙創造のよるべとして考えてきた物理法則が、まったくのでたらめであったらという物語。
宇宙がつくられたのは人類のためではないとしても、
"なぜ"という疑問の答えではないかもしれませんが、"どんなふうに"という問いの答えを探しつづけるつもりです。
p. 447
として、人生の目的を見つけ出す。
おわりに
以上、掲載されている作品の一部にざっくりと触れたが、テッド・チャン作品の柔らかな筆致はSF初心者にもおすすめなのでぜひ。