スキズマトリックス

丸善ジュンク堂書店限定版を見かけて購入。初めて『スキズマトリックス』に触れたのは10何年前の学生時分。当時、サイバーパンク沼に浸かっていた僕は、SF→スターリング、スターリング→SFという刷り込みで順調? に育っていたので、自然のなりゆきで購入。んで、ページ総量の十二分の一に到達するかしないかくらいの最序盤、「なんじゃこりゃあ!」と松田⚪︎作も顔負けな声量で吠えて本を閉じたっきり、現在に至るまで読むことがなかった。

ぶっちゃけ本書は、読了するのがむずい類のSF作品だ。某2010年クソゲーオブザイヤー大賞作ばりに、なんの説明も無しに固有名詞がガンガン出てくるし、時系列が数十年も突然ジャンプするという、キング⚪︎リムゾンもびっくりな時飛ばしを複数回繰り出してくる(まあ、この辺の問題は前作の『蟬の女王』を読んでおけばクリアできるところではあるのだけれども)。ただ、いま現在前作はプレ値がついてしまって手を出しづらかったりする関係上、本書単体での全容理解が強いられている環境はなかなかに酷(意訳:『蟬の女王』を復刊してください)。

もし途中で読むのをやめてしまったり、SFを全く読んでいない状態で本書を手に取った人への助言として(この手の本に限ったことではないけど)、一つ一つの描写を正確に補足しようとすると死に至る病に罹るので、わからない英単語を前後の文脈から類推する感じの方法で読むのが本書には適している。なんとなくわかったような、わからないようなフロー状態で脳内に情報を留めておくのが肝要。わからないものはわからないものとしておいておくネガティブ・ケイパビリティが鍛えられる本書は、投げ出さずに腰を据えて解決策を導き出す忍耐力を鍛えるのに最適だ。全体像が見えた瞬間、わかることもある。

てなわけであらすじ。

⟨環月軌道コロニー⟩の住民リンジーは、遺伝子工学を用いて肉体を変形させる⟨工作者⟩の活発なメンバーだった。だが、機械の力を利用して延命をはかる⟨機械主義者⟩に対するクーデターに失敗し、コロニー追放処分にあってしまう。太陽系をさまよう彼が見たものは、多種多様な方面に発展してゆく人類の姿だった! サイバーパンクSFの第一人者が、独自の未来史を背景に人類の発展と進化を謳いあげた話題の傑作長篇!

分離床(スキズマトリックス)は、スキズム(分離)+マトリックス(気質)の合成語。本書の意味するところでは、ポストヒューマンの太陽系のことで、様々な派閥に分離しながらも統一された場所を指す。とりわけ本作は、主人公の属する⟨工作者⟩vs.⟨機械主義者⟩間の対立構造、それに⟨投資者⟩であるエイリアンが合わさり三つ巴の様相をなしている。

いろんな物語で構成されていることもあり一つにカチッとまとめるのはムツカシイのだけれども、本筋としては、主人公リンジーが知識こそパワーばりにさまざまな情報を駆使して、幻日(サンドッグ)という放浪生活を生き抜く物語。個人的に興味深かったのは、フィリップ・コンスタンティンとの一連の流れ。彼はとてつもない上昇志向の持ち主で、野心のためにもともと仲間だった主人公を消す必要性があり、あの手この手で殺し屋を仕向けるのだけれども、主人公もこれまたあの手この手の知識を駆使してうまく逃げていく過程はなかなかに面白い。総じて主人公は世渡り上手というか、危機管理能力がずば抜けて高い。ときには、知性がないようにバカっぽくふるまうというのも、同作者の「巣」で、種族が生き残るために敢えて知性を捨てるという群体の生き残り戦術を思い起こされた。

ポストヒューマンというテーマ上、最終的には肉体としての器から脱却して、より高次の世界に至るというのも、グッとくるポイント。

改めて読んでみると、スターリングって、やっぱすげえんだなと思いました(小並感)。

作者: ブルース・スターリング/小川隆
早川書房

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