華氏451度〔新訳版〕

世の中に出回る情報のほとんどがモニター映像によって支配された世界。そこで垂れ流される感覚の海は、受信者に眺めるたのしさを与えた。誰も傷つかず誰も侵されない、極めて平和的で限りなく滑らかなその感覚は、映像に込められた意図を考える暇も与えないほどの伝達速度でもってして、脊椎反射よろしく白痴に拍車をかける。

すべては恒久的なたのしさのために。それ以外の内部感覚を想起させるものは、唾棄すべきものとして取り扱う。そのようにして、あらゆる思考の芽を摘むことこそが社会の安定化につながるという泡沫の理想は、次の文脈を生み出した。

本を持つことは、弾丸の込められた銃砲を握りしめることと同義であると──

この現実を前に、本を焚き付けるという行為は尤もらしく正しいといえよう。本作の主人公であるモンターグもまた、昇火士(ファイアマン)として本を焼き尽くすという仕事に誇りを持っていた。しかし、とある少女との出会いをきっかけに、彼の運命は本来の消防士(ファイアマン)としての意味──人々の暮らしを火から守るように、本を守る──を帯びていくことになる。

以下、あらすじ。

華氏451度──この温度で書物の紙は引火し、そして燃える。451と刻印されたヘルメットをかぶり、昇火器の炎で隠匿されていた書物を焼き尽くす男たち。モンターグも自らの仕事に誇りを持つ、そうした昇火士(ファイアマン)のひとりだった。だがある晩、風変わりな少女とであってから、彼の人生は劇的に変わってゆく……本が忌むべき禁制品となった未来を舞台に、SF界きっての抒情詩人が現代文明を鋭く風刺した不朽の名作、新訳で登場!

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残念なことに、本作の結末は明るくない。本の意味を求めない限り、それは単なるガワとしての存在でしかないと言い切るし、本を読む行為は究極的に憂鬱なことでしかないといった閉鎖感が文脈に滲み出たりする。それでも、本を読むことでより文学的になろうと、もっというと、自分の頭で考える術を身につけようと必死にもがくモンターグの姿は、美しいのである。

名状し難いその姿を、より鮮明に、解像度マシマシで記憶するためにも、本を読み続ける必要があるのかもしれない。

細部を語れ。生きいきとした細部を。すぐれた作家はいくたびも命に触れる。凡庸な作家はさらりと表面をなでるだけ。悪しき作家は蹂躙し、蝿がたかるにまかせるだけ。

作者: レイ・ブラッドベリ/伊藤典夫
早川書房

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