僕は、大学の同期の竹内陸と、秋葉原の電気街を歩いていた。所狭しと店頭を飾る電化製品、それに彩りを添えるアニメグッズ、メイド喫茶のビラを配るメイドさん。日常とかけ離れたここは、幻想とリアルが見事に調和しているような錯覚を覚えた。
「ここにするか」
陸はアニメショップの一つに足を踏み込んだ。僕もそれに遅れないように入る。そこは、肌色成分多めなアニメキャラクターが描かれたポスターが掛けてある本屋だった。
陸は店内を一直線に歩くと、薄い本を立ち読みしだした。
特にやることもなかった僕は店内を歩き回っていると、あるコーナーに置かれていた作品について疑問が生じたので、陸に聞いてみることにした。
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とあるメイドカフェ。
「なぁ、オタクってのはなんとなくイメージが湧くんだけど、腐女子っていうのがいまいちわからん」
「何で?」
「だってさ、オタクっていうのは、お前が買ってきたその薄い本にあるように、俺の中では男と女っていう健全な組み合わせなものを好むイメージなんだ。でも、腐女子に限って言えば男同士のくんずほぐれつがあるわけで」
「健全じゃないと?」
「すまん……健全か、健全じゃないかという問題でなくてだな」
「そうだな……とりあえずマンガに限った話になるけど、オタクと腐女子の趣味嗜好の違いを説明しようか」
「ああ」
「そもそもだな、特に男性のオタクっていうのは、出てくるキャラクターに対して自己投影することを楽しむケースが多い。具体的な作品で言えば、オレツエー作品がわかりやすいかな」
「オレツエー?」
「あー、あれだ。剣とか魔法とか使って敵をばったばったと倒したり、老若男女問わず出会いの段階で高感度Maxみたいな作品」
「俺が強えーってことか」
「そうそう。仮にそのジャンルの作品を見たとき、お前だったらどう感じる?」
「うーん……何となく気持ちよさそうだな」
「そうそう、そこなんだよ。『現実』に生きるお前がそう感じるってことは、それすなわち、自分の立場に変換して物語を読んでいるってことだ。そのために、理想的な男性をわざわざ作品に持ち込んでいるといってもいいかもしれない。もちろん、そういう楽しみ方をする女性もいるにはいるが、腐女子に限っては実情が違う」
「例えば?」
「腐女子の場合は、オタクとは違って自分の立場を介在させない。具体的にいうなら、男同士の関係に、自分自身との繋がりを担保させえる女性を持ち込まない。そんなことをしたあかつきには、本来享受されるべき尊さが損なわれてしまうからだ。愛すべき対象が憎しみへと転移するおそれだってある。いうなら、男性が感じる『快楽』より純粋無垢なものを尊ぶ」
「女性の方が作品のうま味を享受してるってことか?」
「それは作品のどこに重きを置くかで変わってくると思うけど、純粋に物語を楽しんでいるっていう意味ではそうかもね」
男として生まれたゆえに純粋な楽しさに近づけないというのもなんだか残念だなと思ったのは、ここだけの秘密だ。
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きょうの一冊 『生き延びるためのラカン』
斎藤環
ちくま文庫