本作は、顧客を守るためならなんだってする警備ユニットの物語だ。からだに銃創ができようが、腕が千切れようがおかまいなし。任務遂行能力は高さはピカイチだが、その一方で、孤独を好み、隙あらば娯楽フィードで連続ドラマを見始めるというシャイなキャラでもある。コミュ障陰キャだけど実は有能という厨二病設定、こんなキャラがかつてSF作品にいただろうか。いや、いない。
本作は、2019年に邦訳刊行されたマーサ・ウェルズの『マーダーボット・ダイアリー』の続編で、シリーズ中では初の長編"Network Effect(2020)"である(前作は2017年から2018年に刊行された4つの連作中編、日本ではそれらを上・下巻で収録)。
前作に登場するキャラクターの一部を引き継いでいるので、ここで軽くおさらいすることにしよう。
本シリーズの舞台は、星系間の移動がワームホール技術によって日常的になった遠未来だ。語り手は、有機組織と機械からなる人型アンドロイドの警備ユニットである。
この警備ユニットの問題は、過去に大量殺人を犯したことにある。そのため、警備ユニットは自身を"マーダーボット"を呼称している。この事件の記憶自体はユニットから消去されていたが事実としては知っていたため、二度と同じことが起きないよう、統制モジュールをハックして無効化した。こうして自由の身になったマーダーボットこと"弊機"であったが、相変わらず所有者である保険会社の命令に従い顧客を守る業務に勤しんでいた。
警備案件中のさまざまな旅路で、大量殺人の真相、そして、異星文明の遺物を発掘しようとする悪徳企業の策謀にでくわす。多くの困難に巻き込まれながらも、ついには、知り合ったものたちと協力して解決した。
というのが前作のざっくりとしたあらすじだ。本作は、それからしばらく経った時点での物語となる。
前作で助け合った人々の警備コンサルタントにおさまった弊機は、彼らの護衛として惑星調査に赴くことになる。そして、その帰路で謎の調査船から攻撃を受ける。またしても、異星遺物をめぐるいざこざに巻き込まれることになるのだが、はたして弊機は人間たちを守り、連続ドラマ鑑賞への耽溺にもどれるのか。
異星遺物というテーマは前作と共通しているが、悪徳企業がターゲットであった前作とは異なり、今作は異星遺物そのものが立ちはだかる。それに秘められた謎を解き明かす工程や、かつて植民化されていたが放棄されてしまったコロニーを探索するなど、より宇宙SFらしい冒険譚になっている。前作よりもさらに強大な敵、そして大幅にスケールアップしたストーリー展開は読み応えが抜群だ。
マーサウェルズ(1964-)は、アメリカのスペキュレイティブ・フィクション作家。SFだけにとどまらず、ファンタジーやメディアタイアップ作品も多数出版。"The Murderbot Diaries"では、ヒューゴー賞を4回、ネビュラ賞を2回、ローカス賞を3回受賞。