渚にて

第三次世界大戦の勃発によって、放射能に覆われた北半球諸国の生物は次々と死滅した。かろうじて生き残ったアメリカ海軍の原子力潜水艦<スコーピオン>は、汚染が比較的軽微な南半球のオーストラリア、メルボルンへ退避する。そこでは多くの市民が何気ない日常を過ごしていたが、放射能汚染の脅威は徐々に忍び寄ってくる。そんな折、合衆国から断片的なモールス信号が届く。生存者はいるのだろうか、<スコーピオン>は一縷の期待を胸に出航することになる。

第二次世界大戦での広島、長崎への原爆投下、そして戦後の冷戦状態を背景とした米ソの核開発事情など、一九五〇〜六〇年代においては、核戦争が始まるのではという不安感が存在しており、これを題材にした作品がいくつか書かれた。フィリップ・K・ディック「フォスター、お前は死んでいるところだぞ」(『パーキー・パットの日々』所収、一九五五年)『博士の異常な愛情』の原作となったピーター・ブライアント『破滅への二時間』(一九五八年)、アルフレッド・コッペル『最終戦争の目撃者』(一九六〇年)などである。本作『渚にて』(原題:On the Beach, 一九五七年)も同様に核を取り扱った作品で、放射能による緩やかな死を迎えることになった人類を克明に描き出している。一九五九年にはスタンリー・クレイマー監督、そして、『ローマの休日』でもお馴染みのグレゴリー・ペック主演で映画化された。

緩慢な死へのカウントダウンを前にして人類はどう生きるのか。それらの姿を見渡すことで浮き彫りになる個人の尊厳は、未だ終わることを知らない核への恐怖を前にしてもなお屹立としている。

ネヴィル・シュート(一八九九年〜一九六〇年)は、イギリスの小説家、航空技術者。

核戦争における危機について詳しく知りたい人は、元アメリカ国防長官であるウィリアム・J・ペリー 『核戦争の瀬戸際で』をぜひ。

作者: ネヴィル・シュート/佐藤龍雄
東京創元社

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