人類の知らない言葉

本書『人類の知らない言葉(原著: Drunk on All Your Strange New Words)』は、イギリスの作家兼小説家であるエディ・ロブソン(1978-)によって、2022年に刊行されたSFミステリー長編だ。自動運転車、スマートグラス、没入型VRビデオゲームといったテクノロジーが社会に浸透している近未来。テレパシーを用いて会話する異星文明ロジアと人類が交流している世界を舞台に、ロジ人の文化担当官とその通訳士である女性を中心に物語が進行していく。

2023年全米図書館協会RUSA賞SF部門の受賞作ではあるものの、執筆年代時点でのテクノロジー理解がベースとなっているので、SFそれ単体というジャンル区分よりSF「ミステリー」ものとしてストーリーに集中しやすい作品である。二転三転する真相、異星人通訳という特殊設定をうまく昇華した手腕に脱帽せずにはいられない。

あらすじ

前述のように、異星人であるロジ人はコミュニケーションにテレパシー(思念言語)を用いる。そのため、人類との交流の際には必然的にテレパシーを理解して言葉に訳せる人物が必要となる。

主人公リディアは、ロジ人の文化担当官フィッツのおかかえ通訳士として活動している。その際に気をつけるべきは、長時間通訳によって酔っぱらう——文字通り、飲酒時の酩酊に似た状態に陥ることだ。それは業務の遂行を困難にしてしまうからである。

しかしながら、リディアは長時間通訳によって記憶を失うほど酔っぱらってしまい、そのあいだに、フィッツが殺害されてしまう。

重要容疑者にされたリディア。絶望に打ちひしがれていた彼女に、<君はわたしを殺していない>という言葉が投げかけられる。その声は、死んだはずのフィッツにそっくりであった。

『霊的実体』として存在するというフィッツの言葉をもとに、リディアは事件の真相を自分で暴くために行動することになるのだが。

言語と科学の進歩でパラダイムに変化が起きるときの影響

言語と科学の進歩でパラダイムに変化が起きるとき、対応できない人がいる。その人たちが辿る道は、逃走か闘争であろう。

本書が問題視しているのは、後者における右向きな思考の人たちだ。本書だと不合理同盟(イロジカル・アライアンス)という形で、ロジ人の影響力が拡大することに反対している圧力団体として登場する。そこではロジ人によって人類の文化が破壊されるという陰謀論がうずまいているのだ。

このような様相は、虚実入り乱れる情報が錯綜する現代においても同様に見て取れるだろう。事実そのものより情報をコンパクトにまとめた嘘の方が吸収しやすいのは想像にかたくない。しかし、本書においてもっとも注視すべきは、AIによる真実度判定(truthfulness rating)によってニュースが評価されている世界であるということだ。

スコアを見れば、ある一定の閾値以下の情報は嘘であると見抜けるはずなのに、陰謀論者は陰謀論者であり続ける。そう、どれほど客観的な事実を見せられても、自分たちの住みやすい世界に適合できるように現実をうまく改竄してしまうので、頭がよかったり、社会的に成功している人ほど陰謀論にハマってしまうという現実を、近未来という世界においても本書は突きつけてくる。

嘘でつながっているような現実を前にして僕たちはどうすればいいのか。その答えが本書に眠っている気がする。

作者: エディ・ロブソン/茂木 健
東京創元社

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作者: エディ・ロブソン/茂木 健
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