「ノワール」とは、フランス語で「黒」を意味する言葉であり、文脈によっては「闇」「陰鬱」「絶望」といった情感をはらむ概念でもある。本作は、ロマン・ノワール——いわゆる「暗黒小説」の系譜で、ハードボイルドの伝統を継承しつつ、独自のSFヴィジョンを組み合わせた異色のミステリだ。
物語の導入は衝撃的である。不死に近い存在とされるタイタン、ロディ・デビットが遺体で発見される。死因は頭部への銃撃——明らかに通常の死とは異なるその事件を発端に、私立探偵キャル・サウンダーは、巨大な技術利権と血縁主義に支配された〈トンファミカスカ一族〉の秘密に迫ることとなる。
本作の中核を成すのが、タイタン技術と呼ばれる架空のSFギミックである。薬物投与により肉体の若返りと成長をもたらすこの技術は、選ばれし者のみに許された権力の象徴であり、身体的な巨大化というグロテスクな形でその特権性が描かれる。
物語が進むにつれ、読者は底知れぬ深淵に引きずり込まれていく感覚を覚えるだろう。虚偽と沈黙が支配する世界で、キャルは粘り強く、そして、ときには暴力に身を晒しながら真相に迫っていく。その過程で浮かび上がるのは、不死とは果たして祝福なのか、あるいは呪いなのかという根源的な問いである。
ミステリとしての緻密な構成はもちろん、SFノワールとしての世界観も抜群の完成度を誇る。ハードボイルドの乾いた叙情に、現代的な社会批判と哲学的問いが融合した本書は、ジャンルを越境する読書体験を約束してくれるだろう。
ミステリ愛好者には新鮮な驚きを、SF読者には重厚な余韻を——この一冊は、まさに「読む者を選ばない」真のノワールである。