薫が神妙な面持ちで僕のアパートへ来た。左手にクリップ止めされた紙の束を携えている。
「再提出だった……」
「一体どんな文章を書いたんだ?」
「オリジナリティあふれる、渾身の出来だったんだけどなぁ」
赤文字でデカデカと「再提出」と書かれていたレポートを手に取り、何十枚も重なった紙の束を一つ一つめくって中身を確認する。そのレポート用紙は、もはや、伝達機能を失ったただの紙切れといっても違わない品だった。具体的にいうなら、主語と述語の間に、修飾語を十二単のように重ねた文、その文と文をつなぐトンチンカンな接続詞、抽象的表現のオンパレード、極めつけは文の最後を彩る絵文字。
思わず「まじかよ……」というため息を漏らさずにはいられなかった。
「どう?」
「むしろこれで通ると思ったのか?」
「いや、全然」
ひゅーひゅーと口笛を吹いて左上を流し見る薫は、多分だけど、担当教員のオリジナリティあふれる文章でという注意書きを律儀に守ったのだろう。
言葉通りに捉えた結果、薫自身でも理解できないようなものが出来たのだ。
「いくら独創的にとはいっても、内容を阻害するレベルの濃度じゃあかんだろ」
「じゃあ聞くけど、オリジナリティってどうやって表現すんのよ? これだって一つの形だと思うけど?」
「そうだな……確かにお前の書いたものは文字通りオリジナリティにあふれた素晴らしい文章だ。誰も書けないっていう意味でオリジナリティの権化といってもいい。だけど、レポートとしてこれを見たとき、果たして意味があるものなのか?」
「ないわね」
「だろ。だから、ここで言われてたオリジナリティっていうのは、エキセントリックなものを書けっていうことじゃなくて、お前自身の考えを述べてほしいってことだ」
「なるほど……文章を変に凝る必要が無いってことね」
「そういうこと」
「わかったわ。ちょっと作り直してみる」
薫は僕の部屋の扉を乱雑に開けると、自身の部屋へと帰った。
手元に残された紙の束。
手持ち無沙汰になった僕は改めて文章に目を通すと、奇妙なことに気付いた。
英語のラップのような精緻な韻の踏み方、接続詞どうしの規則的な改変、絵文字を用いた文章間の温度差。
意外と趣向を凝らしていたそれに惹かれていたことは、ここだけの秘密だ。