ディファレンス・エンジン(上)

ときは産業革命。英国の数学家チャールズ・バベッジによる差分機関(ディファレンスエンジン)の発明によって、蒸気機関が著しく発達した時代を背景としている本作。そんな本作は、80年代サイバーパンクの旗本である、ギブスン、スターリングの手によって描かれているということもあり、産業革命の意義それ自体をサイバーパンク的手法で再構築し、紐解く構成となっている。

具体的には、蒸気映像(キノトロープ)、蒸気ワープロ、蒸気コンピュータといった、蒸気ガジェットレイヤーを介して物語を解釈していくことになるのだが、ここで気をつけるべき点は、ガジェットそれ自体の、楽天的レトロフューチャー観/ユートピア的空想は徹底的なまでに忌避されていることだ。

本作に存在するのは、不健康なほど自然の乱流を欠いた社会──急速な技術革新の裏でなおざりにされた──のリアルだ。太陽を覆い隠す灰色の汚濁、テムズ川の腐敗、悪臭を放つ地下鉄道、地下坑夫のストライキ……数え上げたらキリがないほどの英国のカオスは、後半に進めば進むほど、むせ返るような熱気と臭気をまとい始める。あまりの醜悪な空気感にページを繰る手を止めたくなるのもしばしば。しかしながら、実に読み進める手を止めることができないのも、SFならではの、虚実入り混じるストーリーの重厚感に他ならない。

本書のタイトルにもある通り、本作は差分機関が重要な要素となっている。この機構をざっくばらんに言えば、蒸気コンピュータと変換できるわけであって、もっと踏み込むと、蒸気によって社会システムが情報化されているといってもいいだろう。この恩恵は、当然、先にも述べたような代償を生み出す。

この事実は、テクノロジーと自然との関わり合いを考え得る上で、現代にも通ずる大切な視座を提供する。それは、トータルバランスという考え方だ。現代の日本において最もイメージしやすいのは、2020年から始まったレジ袋有料化といった環境問題への取り組みだろう。この活動は、レジ袋の国内流通量を20万トンから、10万トンまで落としたとされるが、廃プラスチックにおけるレジ袋の割合についてはさほど強調されていない。この内容について是非をとかく述べるつもりは毛ほどもないが、本書を通じて、考慮すべきはトータルバランスであることを如実に思い知らされた。

作者: ウィリアム・ギブソン/ブルース・スターリング
早川書房

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