タイム・マシン

本書は、SFの父ことイギリスの作家H・G・ウェルズ(1866 - 1946)の中・短編集だ。タイムトラベルの初期作品として評価の高い「タイム・マシン」(1895)をはじめ、『宇宙戦争』の前日譚的な位置付けの短編「水晶の卵」(1897年)など、いま読んでも楽しめる作品が多い。1世紀を超えてなお色褪せないのも、純文学的な芸術性と産業革命——科学の勃興の時代の社会・科学情勢の描写が、ウェルズならではのジャーナリズム精神でもってみごとに調和しているからだろう。加えて、そうした類稀なる技巧で人間の本質的な部分をも浮き彫りにしてくのだから、あっぱれという他ない。SFを普段読んだことなくても、SFを好きになるきっかけをつくってくれる。本書は、そんな本だ。

さて、このあたりで本書に収録されている各作品のあらすじをざっくりとまとめることにしよう。

「塀についたドア」は、ある男のもとに「塀についたドア」が現れる物語だ。そのドアを抜けた先は、あらゆるものが美しく、幸福を与えてくれる魔法の世界だった。その世界に魅了された男であったが、無情にも、男の日常は灰色の現実によって引き戻される。現実と理想の対比、そして、男が最後にたどることになる結末は必見。

「奇跡をおこせる男」は、意志の力によって奇跡をおこせるようになった男の物語だ。ろうそくを宙に浮かせたり、警官を地獄に送ったりと、念じればなんでもできるようになった男だったが、自ら引き起こした奇跡に苛まれ牧師に助言を求める。そして、徐々に自分の奇跡に心酔するようになった男が、最後にはとんでもない奇跡をおこす。

「ダイヤモンド製造家」は、ダイヤモンドを個人で製造しているという男の物語。ダイヤモンドを製作するに至った過程と、その費用を捻出するために貧しい暮らしを余儀なくされていた彼の姿には悲哀が満ちている。

「イーピヨルニスの島」は、イーピヨルニス(エピオルニス)を最初に発見したのは自分だと主張する男が、その経緯を語る物語だ。イーピヨルニスとはアフリカのマダガスカル島に17世紀頃まで生息していたと考えられている地上性の鳥類だが、その男によると、化石化していない完全な卵を発見したとのこと。困難はありつつも無事イーピヨルニスの孵化に成功するのだが、果たしてその結果はどうなるのか。

「水晶の卵」は、骨董商の店先に置いてあった水晶をめぐる物語だ。普通の水晶とは違い、光を通すことでその中に不思議な光景が広がることに気づいた店主は、その現象を科学者とともに観察することになる。

「タイム・マシン」は、本作の骨子である。タイムトラベルによって紀元802701年の未来世界——平和で牧歌的な様相を呈する世界へと飛んだ男の物語。平和の裏に隠された真実が明かされたとき、人類の進化の足跡が明らかになる。

原初のSFアイデアがふんだんに詰まった本作をぜひ。

作者: ハーバート・ジョージ・ウェルズ/阿部知二
東京創元社

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