「らしさ」という言葉は、様々な用語にくっついてその意味を規定します。具体的には、自分「らしさ」、子供「らしさ」、確か「らしさ」、こういった具合に活躍することが得意なのです。しかしながら、ものの見事にもっともらしいことを簡潔に述べてくれる「らしさ」の便利さは、その実、日常的に蔓延る「らしさ」のバーゲンセールを生み出し、その実態について対して深く考える機会を容易に奪い去ることもあります。
とりわけ、日本人「らしさ」という言葉が最たる例でしょう。「らしさ」が修飾する用語の抽象度が高くなればなるほど、それに比例してさまざまな解釈が生まれ、正誤が不完全な様相を成すのです。
そこで本書は、日本人が日本人たる所以、つまりは日本人「らしさ」の源泉について、日米比較などの調査研究結果と、中国の古典『論語』、そこから派生した儒教の価値観とを紐づけつつ解き明かそうとする一冊となっています。
この本を読むことによって、多くの日本人を無意識に縛っている常識や価値観に触れることができます。
本書のパート分け
I 『論語』の価値観
II 学校ではどうなっているのか
Ⅲ 会社ではどうなっているのか
Ⅳ 『論語』的価値観をうまく扱うために
とりわけ、Ⅱ部の学校教育がクリティカルな部分でしょう(欠点を無くして全部を平均に持っていくスタンス)。
日本人を日本人たらしめる「世界」を『論語』と結びつけて見られる本書は、より自由な生き方を会得するために最適な一冊です。
所感
やる気のある奴ってのはは物事の中心しか見ていない、面白いことはその周辺にある
昔、タモリさんが林修先生との対談の中でおっしゃっていましたが、まさしく、「努力・精神主義」に陥って努力すること自体を目的化する空気に「適応」しなければならない状況を痛烈に批判しているのをふと思い出しました。
本書を通じて、第一線で活躍し続ける人っていうのは、『論語と算盤』をモットーとした渋沢栄一のように、常に自身の強みを客観的に把握し続けられる人間なんだと再認識できました(物事の本質を見極めて、適度に力を抜くのも強み)。