小説秒速5センチメートル

秒速5センチメートルって、一体、どれくらいの速度なんだろう。

背表紙の文字だけだといまいちイメージできなかったわたしは、左手の親指と人差し指で5センチほどの間隔を開けると、その間を軌跡で埋め尽くすように、右手人差し指の腹でゆっくりとなぞってみました。

ものすごく、ゆったりとした速度。だけど、何を指し示している言葉なのかがわかりません。

いてもたってもいられなくなったわたしは、本作を棚から取り出しました。

『あっ、そういうことか』

その表紙を飾っていたのは桜の風景でした。

とたんに、青い天蓋に包まれたクリアな世界が頭のなかでぶわっと広がります。そこは、ゆるやかに枝葉を揺らす桜並木と、たおやかに舞い散る桜の花弁で埋め尽くされた世界でもありました。

『なんて清らかな世界なんだろう』

タイトルの文字列とパッケージのみで、これほどくっきりとした晴々しい気持ちを抱かされたのは衝撃でした。

あらすじ

小学校の卒業と共に離ればなれになった貴樹と明里。互いに特別な感情を抱いていた二人は、中学生になっても連絡を取り合っていました。そんなある日、貴樹は遠く離れた明里の元へ一人で向かうことを決めたのですが——

一押しポイント

本作の見どころは、三部にわたる貴樹の心情変化です。

貴樹と明里、二人は「同じ時間」を過ごしているはずなのに、そこには絶対零度とも言うべき時間軸のへだたりが待ち受けているんです。

どうしようもなく、いたたまれなくなります。

特に、貴樹と明里が電話口で別れ話を交わすシーン。

どうして……どうしていつもこんなことになっちゃうんだ。

ここまで感情が滲み出てしまうほどの貴樹の苦悶。

そこからすでに……

いや、もっと前から……

出会った瞬間からかもしれないけれど……

時間の鳥籠に囚われてしまったとも言える貴樹のラストは、圧巻の一言。

……

あなたはきっと、だいじょうぶ。

そんなフレーズが、頭を、ふっと、よぎりました。

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