数ある恋愛小説の中でも、本書はわたしの中でとっておきの一冊です。
なんどもなんども、読み終えるたびに決まって、夢の地続きに置いてかれたような感覚に包まれます。
さすが江國香織さん。
たおやかな言葉つかいで示される内面描写は、江國香織さんならではの細やかさで描かれ、異国情緒あふれる風景や食事シーンはもれなく垂涎もの。そして、それらに付随するのはなんといっても、臨場感あふれる音と匂いといった五感に訴えかける部分です。雨が降っている描写なら、ほんとうに雨の匂いと音がしてくるし、怖い声に追いかけられる夢の描写なら、脳髄から訴えかけられるボリュームの恐怖で、体の筋という筋がきゅっと収縮するんです。
さすが江國香織さん。
恋愛小説という枠組みの中で真っ先に想起されるような、安っぽいロマンス感は皆無。むしろ、恋愛の残酷さや、孤独感をこれでもかというくらいピーキーに演出しているんです。理想的な男性との生活でも満たされない彼女の描写は、罪深い人間のエゴすら感じるほどに。しかも、いともたやすく自然な立ち振る舞いで。まるで、ノンフィクションのように。
さすが江國香織さん。
わたしの理想とする恋愛小説の居場所は、江國香織さんの中にあるのかもしれません。いつかは、胸の内の全てに辿り着きたいですね……