昨今、「働くこと」に関する認識が大きな変遷を迎えています。「ハレ」と「ケ」という言葉があるように、元来、「働くこと」は、「ケ」に対応する地味なものと捉えられてきましたが、人工知能の発展と共に、「ハレ」の部分が押し出されるようになってきているのです。
それはつまり、人工知能の台頭によって人々の暮らしに余暇が生まれ、クリエイティブな活動——「遊び」や「休息」といった要素——が「働くこと」に内包され始めていることを意味します。
そのような現代を生きる上で重要な概念が、統合失調症の治療論を主軸として本書に詰まっています。
本書目次
1(統合失調症患者の回復過程と社会復帰について;精神科の病いと身体―主として統合失調症について ほか)
2(精神病水準の患者治療の際にこうむること―ありうる反作用とその馴致;統合失調症者の言語―岐阜精神病院での講演 ほか)
3(関係念慮とアンテナ感覚―急性患者との対話における一種の座標変換とその意味について;禁煙の方法について―私的マニュアルより ほか)
4(私の日本語作法;翻訳に日本語らしさを出すには―私見 ほか)
従来、「仕事一本槍」という人は、たしかに、「働き文化」の日本において評価されてきてきました。 しかしながら、そういった人たちがどういう結末をたどるのかといえば、必ずしも良好なものではありません。
度重なるノルマをこなしていく上でうつ病になったり、定年退職したはいいものの、仕事以外の人間関係から生み出される不安であったり……
このように数えだしたら切りがないほどの精神的不安定な状況をかんがみたとき、少しでも自分の環境をよくしたい、もっと具体的にいうならば、
新たな門出を迎え始めた「働き文化」に対し、私たちはどのようなスタンスで身を置けば良いのか?
ということを知りたい意欲的な人にとって、本書は非常に重要な論考が成されているので、一読の価値があると言えます。
個人的に興味をひかれた部分:
本書の主題でもある、「伝える」ことと「伝わる」ことが含まれる第Ⅲ部には興味深いエッセイがまとめられています。特に、禁煙の方法について(228頁)や、専門職と熟練行動 (247頁)では、ビジネスの場にも適用されうる項目が乗っているので、参考になればと。
追記
それにしても、中井久夫先生の書く日本語にはほれぼれする。いつみても感激を覚える良書。 ひとえに、中井先生の膨大な知識量と、圧倒的な洞察力から生み出されたたまものであると、尊敬の念を抱かずにはいられませんでした。
作業療法は、多少いやいやながらやる、ということに意味があると筆者は思う。(中略)「あまり面白くないことをやる」能力は、人間のもっとも成熟した(オトナになった)証拠とさえいって良い。逆に言えば、面白くすれば「遊び」、われわれの場合はレク療法になるのである(p. 207)