マーダーボット・ダイアリー 上

物語の入り方からしてこの本の魅力が詰まっている。

冷徹な殺人機械のはずなのに、弊機はひどい欠陥品です。

As a heartless killing machine, I was a terrible failure.

一人称が、なんとまあ、弊機。その単語が目に入った瞬間、その刹那。語り部である機械が自己嫌悪な性分を持っている存在であると認識できる。弊の字には本来、弊方とか弊社とかもともと自分側の組織をへりくだった言い方であって、「悪い」意味を持っているからだ。原文では単に”I ~~”としか記されていない文脈が、たった一語で簡潔に表現されていることに驚天動地必至。個人的に外国文学は原著派だけど、こういう日本語にしか存在しないルビ的な要素の魅力ってのに触れるたび、日本語ってスゲーってなったりしてる(もし仮に、わたしとか、ぼく、じぶん、といった陳腐な表現だったら、ストーリーにのめり込めないめちゃくちゃ淡白な仕上がりになっていたんだろうなと感じてならない)。

本書の魅力はそれだけにとどまらず、その弊機のなかなかに度し難い部分にもある。人間嫌いなくせに人間が登場するドラマ好きだし、めちゃくちゃプライドが高くて束縛を嫌うしで、とにかく癖が強い。二律背反な領域にいながらもバグらないし、めちゃくちゃ高次なファジー思考ができちゃったりするので、もはや人間じゃね? という疑問を抱いたのだけれども、

人間に近くなりました。

好ましくないことです。

『マーダーボット・ダイアリー 下』p. 181

と一蹴する。

規定通りのプログラムに従おうとする機械のくせに厨二病感万歳の挙動が多い。それでいて決めるときは決めるめちゃくちゃクールなところがたまらなくオツなのですな。

以下、Amazon商品説明

かつて大量殺人を犯したとされたが、その記憶を消されている人型警備ユニットの“弊機"は、自らの行動を縛る統制モジュールをハッキングして自由になった。しかし、連続ドラマの視聴を密かな趣味としつつも、人間を守るようプログラムされたとおり所有者である保険会社の業務を続けている。ある惑星資源調査隊の警備任務に派遣された弊機は、ミッションに襲いかかる様々な危険に対し、プログラムと契約に従って顧客を守ろうとするが……。ノヴェラ部門でヒューゴー賞・ネビュラ賞・ローカス賞3冠&2年連続ヒューゴー賞受賞を達成した傑作!

本作、『マーダーボット・ダイアリー』は、マーサ・ウェルズによってTor社より刊行された中長編作品である、システムの危殆(All Systems Red, 2017)、人工的なあり方(Artificial Condition, 2018)、暴走プロトコル(Rogue Protocol, 2018)、出口戦略の無謀(Exit Strategy, 2018)が、この通りの順番で上下巻にわたって収録されている。それぞれのエピソードは一話完結型となってはいるものの、時系列に沿って物語が進行している。とりわけ第一部の登場キャラクターが第四部で再登場していたりと、長編ものとして捉えた方が無難。

商品説明にあるように煌々たる受賞歴。原著は癖がなくてかなり読みやすい部類。「十二歳から十八歳までのヤングアダルトに薦めたい十冊」という規定のアレックス賞に選出されたのも納得。

高知能を持つ機械を取り扱った作品はSFに数多くあるけれども、本作はその中でもみょうに人間臭くて、それでいてストーリーにどっぷり浸かれること間違いない。

作者: マーサ・ウェルズ/中原 尚哉
東京創元社

カテゴリー