舟を編む

本作は、普段何気なく使っている言葉の奥深さをありありと切り取ってくれる一冊です。

たとえば、犬。そこにいるのに、いぬ。

導入部分のに関する表現からもクワっと興味を持っていかれ、するすると読み進められるんです。それはそれは言葉遊びの極致ともいえる楽しさと、同音でもその言葉が用いられるシチュエーションごとに、まるで十二単のように意味ががらりと変わる言語群の数々。

これはもうね、言葉が好きな人だったら、ぜったいにワクワクするんですよ。

死ぬまでには読んでおきたい一冊です。

辞典作りを通して日本語特有の美しさに触れる

辞典作りを通して言葉の美しさに触れられる体験は、文法によらない日本語特有の美しさをあらためて感じることができました。

ひらがな、カタカナ、漢字、オノマトペ、一人称……と、何千何百何万何十万もある単語の数々に対応する語釈。それらはとんでもない熱量で、とんでもなく抽象化されるために、解釈の余地が大いに残る不完全さでもって表現されていることには驚嘆しました。だからこそ、こんなに言葉を知るのは楽しかったんだっていう気づきを本書では、得ることもできたんです。

まじめな馬締

本作の主人公である馬締光也は、言葉に対する鋭い感性を持つ一方で、コミュニケーション能力がめちゃくちゃ低いんです。あまりに低すぎて融通が利かないのは、『大渡海』の編纂を頼まれたときの馬締のくだりから漂ってきてて、思わずクスッとさせられます(実際に話したらイラッとしそうですけど)。

正直なところ、まじめな人という敬称は、尖った特徴がない人を優しく表現するために極めてオブラートに包んだ言葉だというわたしなりの語釈——『他の特徴がない』とか、『取り柄がない人』の印象が強い——で、字面通りまじめさが取り柄である彼は、一見、仕事が出来なさそうなんだけど、言葉に対して懐疑的な視点を持つことができる特性は、本当に辞典作りに最適なんです。

まじめな人という語釈に、ネガティブな要素だけではなく、『実直に仕事にむかうことができる』、という好印象を追加できました。

本書は、電子辞書ではなく紙の本で読むことを強くお勧めします。

紙の『ぬめり』あったり、温もり、香りを感じることの大切さを追体験できるので。

作者: 三浦しをん
光文社

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