スローターハウス5

殺人の「合理化」と帰還兵のPTSD問題、古くは紀元前8世紀の叙事詩『オデッセイア』より語られる兵士の心的外傷は、ベトナム戦争により顕在化することになる。帰還兵の典型的な述懐として、「俺たちは務めを果たした。立派にやってきた。好きでやったことはないが、必要なことだったんだ」という言葉(参考:『戦争における「人殺し」の心理学』)がある。戦争を経験してない身からすれば、それは身勝手な言い訳のように聞こえる。しかし、兵士にとっては、そのように自身のやってきた行動を「合理化」することは精神衛生を保つうえで必要不可欠だ(具体的には、殺した敵兵が自身に「何で俺を殺した?」と問いかける夢を見ることがあるという。この兵士は、夢の中で相手に何年もかけてその理由を説明しようとし、ついには夢を見なくなる)。

もちろん、こうした自身の小宇宙を再構成するという名の——殺人の「合理化」プロセスに失敗することは少なくない。ベトナム帰還兵にPTSDが多いのは、訓練によって戦場での発砲率が著しく向上したことによる殺人経験者の増加や、戦争への否定的感情の高まりによって引き起こされる兵士への非難や攻撃に起因する。その結果として、帰還兵は「合理化」のプロセスに失敗し、薬物やアルコール中毒、ひいては、帰国後に妻を殺害したあと自らの命を断ったり(参考:「帰還した3人相次ぎ妻殺害」『朝日新聞』2002年7月27日夕刊)と、社会不適合に陥ることになった。

そのような不幸を引き起こさないためにも、兵士を戦場に送る社会とそれがもたらす影響を理解することは重要である。その試みを強烈にサポートする役割として、本書はまさしく最適な一冊になってくれるだろう。

本書は、カート・ヴォネガット・ジュニアの戦時中の体験を元にした半自伝的な小説である。タイムトラベルによる細切れの場面展開、四次元視点による生と死の観測、異星人との邂逅。自由意志の価値。『タイタンの幼女』を源流とした60年代著作のいわば総決算ともいうべき本書は、著者の特質上、同一キャラが他の作品でも活躍するスターシステムを採用しているので、旧作を読んでから本書を見るとニヤリとさせられる箇所が多々ある。

彼が長年描いてきたテーマでもある、得体の知れない巨大な力を前に翻弄される人々の描写は、著者自身のリアルな体験と密に結びつくことによって、その最高潮ともいうべき異彩を放つ。特質すべきは、テーマそれ自体に視線を誘導させるよう、キャラクターたちの性格が極限まで無色透明化されていることだろう。それはまるで、

戦争とは、人びとから人間として性格を奪うことなのだ。

p. 215

と本著で語っていることを徹底的に裏付けるように。

たびたび繰り返される、そういうものだ(So it goes.)という句が、あきらめと、避けられない現実を前にして人びとが振る舞うべき態度を植え付ける。戦争は決して楽しい話題ではないが、これについて理解しようとする姿勢——そういうものだ。という視点が必要なのかもしれない。

作者: カート・ヴォネガット/伊藤典夫
早川書房

カテゴリー

書籍情報