あなたの人生の物語

語り手である"わたし"が、まだ生まれていない娘である"あなた"の人生を緻密に語るシーンから物語は始まる。なんと不思議な切り口。なぜ、そのようなことができてしまうのか。頭の上に浮かぶ疑問符は、同時進行する"わたし"の過去エピソードとともに感嘆符へとかわる。

"わたし"こと言語学者のルイーズ・バンクスは、軍から要請を受け地球に訪れたエイリアンとのコンタクトを担当することになる。放射相称の形態をなす"それら"は七本脚《ヘプタポッド》と呼ばれ、話す/書く言葉でそれぞれ異なる体系をもっていた。前者<ヘプタポッドA>は、自由語順を持ち文中への節の埋め込みに違和感なく対応できていた。これは、人類の諸言語パターンとは全く異なるものの、まだ理解の範囲。問題は後者<ヘプタポッドB>。類例のない二元的言語は、単一の連続した線で構成された表義文字だった。それは、線の曲率や太さやうねりぐあいによって語系を変化させるだけでなく、線の位置関係によって文脈がきまる。とりわけ文を書くときに表義文字をひとつひとつ書かないってのが曲者で、第一の線を描く前に文の全体構成が決定されていなければならないということだ。

結論としては、ヘプタポッドは同時的な意識——過去と未来が一緒に見えてしまっているということが判明する。語り手の"わたし"が未来について語ることができたのも、<ヘプタポッドB>を習得したがゆえ。

表題作「あなたの人生の物語」は、未来を知るという経験がひとを変えるのか? と、高次の知的生命体にでくわしたしたら? を組み合わしたテーマ設定。カート・ヴォネガット・ジュニア『スローターハウス5』とスタニスワフ・レム 『ソラリス』を合体させたようなテイスト。自由意志うんぬんの話は、同一作者の「商人と錬金術師の門」でも語られるところではあるのだけれど、どちらも超絶技巧でSFのすご味を物語のなかに落とし込んでいる。これと同じくらいのインパクトを持っている作品が、本作にはあと七つの収録されてるのは戦慄。

なんぜ、寡作なんや‼️ というお気持ち表明したくなるくらいには、ものすごくいい作品(小並感)。

テッド・チャン(1967-)は、アメリカ合衆国の小説家、SF作家。台湾系アメリカ人。

作者: テッド・チャン/浅倉久志
早川書房

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