閉塞感に満ちた暗闇を照らす、蠱惑的なホログラムの彩り。うっくつとした内面を発散させる情欲と暴力。AI vs not AI。これらの諸要素を電脳空間というアイコンに落とし込んだ——サイバーパンクの黄金時代を築いた——本作は、「攻殻機動隊」や「マトリックス」といった作品群に多大な影響を与えた。
そんな本作は、とある理由から電脳空間にジャック・インする能力を奪われた主人公ケイスが、その能力再生を代償として、電脳空間の暗部へ踏み込むことになっていくストーリーを描く。とりわけ、電脳空間由来の視点錯綜や、擬験(シムステイム)、<<スクリーミング・フィスト>>といったような固有名詞がふんだんに使われるため、読み進めるのに必要なカロリーは高め。初見で全てを調べようとすると、それこそ暗黒面に呑まれるので、内容理解もほどほどに、描写のスピード感であったり、台詞回しにフォーカスを当てながら読むと、なかなかに楽しい。また、ウィリアム・ギブスンは特定のキャラクターを別の作品でも登場させるというスターシステムを採用しているので、短編の「クローム襲撃」や、「記憶屋ジョニイ」を読むことで、キャラクターたちの関係性を深く知ることができるだろう。
ニューロマンサーという言葉に込められた、死霊的なもの(necromancer)や、男女間の恋愛的なもの(romance)の意味合いから切り込んでいくのも面白いかもしれない。「思い出せる限り」の「過去」を引き受けているだけでなく、すべてのわたしの過去を——思い出せないことも含めて——引き受けることで「存在」できるといった、ハイデッガー的な思想や、結局のところ、すべては情欲から端することなのかもしれないといった、エロティシズムを感じ取れる。
といった具合で、本作はどんな見方をしても楽しめるという最高の本。サイバーパンクというジャンルはつくづく、エロ・グロ・センスであり、心の故郷でもあると思わずにはいられない。